約 2,287,909 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/5950.html
涼宮ハルヒの異界Ⅱ さて、俺がハルヒから教えてもらった、この異世界人の名前は蒼葉(あおば)さん、と言うことだった。 俺たちとはまた違う別の世界からやってきた、その世界のとある機関のエージェントということらしい。 もっともこれ以上、詳しい説明は目の前の彼女もハルヒからもしてもらえなかった。 ハルヒは何でも知りたがる小学生に上がったばかりの子供のように詳しく聞いていたが蒼葉さんははぐらかすのみである。 「この厄介事が片付いたらもう会えることは0に限りなく近い確率でほとんどなくなるから知る必要もないわよ」 これが蒼葉さんの答えだった。 なるほど確かに理にかなっている。 異世界に行くにはどうすればいいか。 それはもう空間を越えるしかなくて、また異世界の数も天文学的な数であるから、万が一、他の異世界とやらに行けたとしても、そこが蒼葉さんの住む世界とは限らないのである。 なぜなら異世界に通じる扉というものは存在しない。つまり奇跡に近い偶然を通り抜ける必要がある訳で、それにプラス異世界の数を思えば確かに蒼葉さんの言うとおり、俺たちが再会する可能性は限りなく0に等しいものとなる。 いくらハルヒに確率論が通用しないと言っても天文学的数字の天文学的数字乗をひっくり返すなんて無茶なことはさすがにできないことだろう。 だから彼女のことを詳しく知る必要もないし、また蒼葉さんも俺たちについては何も聞いてこないのである。 「そう言えば、蒼葉さんはどうしてこの世界に?」 ハルヒのパパラッチ並のしつこい尋問を冷静な表情で涼やかにさらりと流し続けていた蒼葉さんに俺は尋ねた。 彼女の視線がこちらを向く。 「私たちの世界を救うために来た」 笑顔の彼女の答えは簡潔だったがその瞳には決意めいた固い意志の光が灯っていた。 「世界を救うため?」 「そうよ。んまあこれは話してもいいわね。今、私たちの世界は存続の危機に立たされたの」 何でまた? 「時空にこの新しい世界が生まれつつあるからよ。それが今回はたまたま私たちの世界と隣接してた。んで.、この世界が誕生すると私たちの世界はその余波で吹っ飛んでしまうってわけね。正直危なかった。もう少し遅れてたらアウトだったわ」 「この世界が生まれる? この世界はまだ誕生してないってこと?」 ハルヒが尋ねる。 「そうよ。この世界にはまだ『壁』があったからね。半径およそ2キロメートル。ちょうどこの建物が経っている敷地全体を覆ってるって感じね。それさえ破壊されない限りはまだ時間は残されてる」 なるほど、あの見えない壁のことか。ハルヒの精神状態不安定から来る閉鎖空間は半径5キロとか古泉は言っていたが、新しい現実世界の誕生は半分以下くらいに縮まるのだろうか。そう言えば前にハルヒがいた時も学校の敷地に沿って見えない壁があったか。 ん? ちょっと待て。あれは誰が壊せるんだ? 「さっきいた、あの青白い巨人が壊せるのよ。あんたたちの世界だとあいつらのことを何て言うか知らないけど、私たちの世界の言葉で言えば『境界を破壊する者』かな?」 ……んなマンガみたいなカタストロフネタがあるもんなんだな……まあこの世界に来ている時点で俺の常識論も通用しないのだろうか。思わず蒼葉さんの言葉に納得してしまったね。 そう言えば、どうして俺たちにあなたの言葉を理解できるんです? まさかあなたが日本語を知っているとは思えないのですが。 「ニホンゴというのが何の言語を指しているのか分かんないけど、まあお互いの言葉が分かることに関して言えば大した理由はないわ。補正ってやつよ。確か何かの娯楽読み物(ペーパーバック)で、別の国の人同士の会話で通じてるの見たことあったし、それと同じなんでしょ」 ……納得できないけど納得するしかないのだろうか? 気がつけば、俺たちは再び校庭に辿り着いた。 「ねね、蒼葉さん! これからどうするの?」 蒼葉さんに嬉々として問いかけるハルヒ。 そう言えば、あの《神人》たちは消し飛ばしたわけだが、それでもこの世界が消えたわけじゃない。 つまり、蒼葉さんの住む世界の危機が過ぎ去ったわけじゃないということと同意語なんだよな。 いや待てよ? あの《神人》たちが消え去ったら、この世界の閉鎖は解かれて通常に戻るんじゃなかったか? マジで古泉か長門が説明しに来てほしいのだが…… 長門……か…… 俺は何気なく校舎を見上げる。思い出すのは去年の5月のこと。あの向こうの世界とこっちの世界でのチャットである。 新校舎の方は半分以上が破壊されているので、ここからでも旧館がよく見える。もちろん、その一角に位置する明かりの灯った文芸部室の窓もだ。 そう言えば電気を付けっ放しで来たな。 「そうね。まずはこの世界の『創造主』を見つけたいところね」 「創造主?」 蒼葉さんとハルヒが話し合いをしている姿を横目に捉えて―― しかし、俺の方も旧館・文芸部室に行く訳には行かなかった。 こんな場所で単独行動をハルヒは勿論、雰囲気から察するに百戦錬磨っぽい蒼葉さんが許してくれるとは思えない。 「そ。人どころか生命体が何一ついなくても、創造主は必ずこの世界にいるはずなのよ。でないと世界ができるわけがない。だから創造主を見つけて、出来れば話し合いで解決したいところね。この世界の誕生は勘弁してください、って」 「なるほど。でも話し合いで解決しないときは――って、考えるまでもないですね」 「を? 分かるの?」 「そりゃまあ力づくしかありませんから」 「まあね。穏便に済ませたいけど、そうもいかないときは――ね。その創造主がどんな姿してるか分かんないけど、どんな姿かたちだろうと躊躇する気はないわ。さすがに創造主がいなくなればこの世界は消失してくれるからね。この世界にまだ息吹は感じないから罪悪感も湧かないし」 蒼葉さんの殺意さえ漂わせた真剣は眼差しは俺の背中に冷たい汗を浮かばせるには充分だった。 い、今……さらっととんでもないことを言ったよな……本気か……? むろん怖くて聞けないが。 「だったらさ!」 ハルヒが勢い込んで蒼葉さんに言い寄り、 「あたしたちも手伝います! 何かの役に立てるかもしれないじゃないですか!」 「……遊びじゃないのよ?」 「もちろん解ってますって! その『創造主』とやらを探すだけです! 見つけたら即座に蒼葉さんを呼びます! 危ないことはしません!」 おいおい。んな好奇心いっぱいの今からどこか楽しいところに遊びに行くような笑顔で提案したって蒼葉さんがげんなりした視線を向けるだけだろが。もっと深刻そうな雰囲気で言えよ! などと心の中でツッコミを入れる俺なのだが。 「……そうね……私も背に腹は変えらんないし……」 って、承諾ですか!? しかもハルヒはご丁寧に『あたしたち』と言ったのである。当然、俺も協力せざる得ない。 しかしまあ、正直なところハルヒを蒼葉さんに付き出すだけでいいのだが…… いかんせん、それが正しいことなのかどうかが分からん。 なんせ、それを蒼葉さんに言うということは、ハルヒに自身の不思議パワーを自覚させることでもあるんだからな。 ましてや蒼葉さんは相当物騒なことを言った。 仮に自分の能力を自覚してもハルヒがこの世界を消す方法を知ることができるとは限らん。もしこの世界の消失方法をハルヒが思い浮かばなかったときは蒼葉さんはまず間違いなく躊躇わない。 異世界のまったく知らん一人の命より、自分の世界すべての命を取ることだろう。もしハルヒが蒼葉さんの命を救った恩人ならともかく、さっきの対《神人》戦のときは俺たちは何の役にも立っていないし、蒼葉さんは、ハルヒ曰く《神人》全てを殲滅させたのち、ハルヒに声をかけられてやっと俺たちに気付いたほどだったらしいからな。 「じゃ、これをそれぞれ持ってくれる?」 蒼葉さんはハルヒと俺にそれぞれ何か小石くらいの大きさのしかし滑らかで厳かな光を放つ宝石のような水晶を手渡してくれた。 「それを肌身離さず持っててね。何か見つければその魔石――石に念波を送って頂戴。それで私は感知できる。すぐそっちにテレポートするから」 きゃっ! すご! そんなアイテムがあるんですか!? ていうか、これ貰ってもいいの!? と、ハルヒが満面の笑みでそんなことを口走るんじゃないかと思ったがどうやらそれは杞憂に終わったらしい。 「分かりました。何か見つけたら必ず蒼葉さんに知らせます」 随分と真面目な声で返している。もっともその表情には好戦的な笑みが浮かんではいたが。 「キョン、あんたもいいわね?」 「あ、ああ」 いきなり俺に振るハルヒに、少しどもって首肯する俺。 そんな俺たちの様子に蒼葉さんはどこか微笑ましいものを見る笑顔を浮かべていた。 む……なんか恥ずいぞ…… しかし即座に蒼葉さんは気を取り直し、 「んじゃあ、あなたたちはそこの建物の中をまずは探してみて。あのボーダーラインがこの建物を中心に半径2キロくらいであるし、核ってものは力場のほぼ中心にあるものなの。おそらくこの建物の近くに創造主がいるはずよ」 「はい! よしキョン! あんたは旧館を探しなさい! あたしはまずこっちの新館を見て回るから。んでこっちに何にもなかった時は、一度中庭で合流! んで今度はあたしが旧館で、キョンが新館をくまなく探す! それの繰り返しよ! いいわね!」 それでいい。 というかハルヒにしては珍しく理にかなった合理的な考え方だ。人によって視点が違う訳だから二つの視点で探せば、同じ場所だろうと一方が見落としたことでももう一方が見つけられるかもしれんからな。しかも二手に分かれて俺はまず旧館なんだ。これは願ったり叶ったりというやつだ。 言うと同時にハルヒは半壊状態の新館へと駆け出した。 つられて俺も旧館へ向かおうとするが―― 「そう言えば、蒼葉さんはどうするんです?」 肩越しに振り返り問う俺に、しかし蒼葉さんは背中を向けたまま校舎の反対側。グランドの方を見つめて、 「私は――こいつらの相手をする――」 ――!! 緊張感あふれる声で答えてくれた蒼葉さんの眼前では、再び、二体の青白く輝く《神人》がせりあがってきたのであった。 ハルヒがこの世界にいる限り、あの《神人》は意地でも世界を誕生させようと破壊工作に勤しむのかもしれん。 だからまた出てきたのだろう。 まあ、蒼葉さんの強さはハルヒの話からすれば古泉が集団でかからないと歯が立たないアレをたった一人で七体一度に消滅させるほどだから心配はいらないだろうが。 それよりも俺はやらなきゃいけないことがある。 向かう先は旧館三階・正式名称・文芸部室にしてSOS団の寄生部屋だ。そこのパソコンに用がある。 ほどなく到着。即座に電源スイッチオン。 ジジジ……と静かな音が流れフェーズアウトした画面に見つけた! 懐かしいこのメッセージ YUKI.N>みえてる? 予想通りだったぜ。長門なら必ず連絡を入れてくれると思っていたよ。ただ古泉が現れたなかったことが少々気になるところなのだが、今はとりあえず置いておこう。 『ああ』 俺はあの時と同じやり取りを始める。 YUKI.N>今回はこっちの世界とそっちの世界の連結が断たれる気配はない。おそらく涼宮ハルヒは二つの世界の誕生と存続を望んだ。 『なんだそりゃ?』 YUKI.N>今日、あなたも感じたはず。涼宮ハルヒの精神状態は最高レベルで維持されていたことを。ゆえに新世界を形成した。 『待て待て待て待て待て。てことは何か? ハルヒは「もう一つこういう楽しい世界がほしい」とか思って、こっちの世界を創り出したってことか?』 YUKI.N>その認識は正しい。そしてそっちの世界が誕生と同時にこっちの世界と連結される。世界が面積ではなく概念量質的に広がることを意味する。これが古泉一樹がそっちの世界に現れない理由。彼――正確には彼の所属する機関が「今回は世界崩壊の危機ではない」と判断しているため、古泉一樹はそっちの世界に行くことへの協力を拒まれている。涼宮ハルヒがこっちの世界から消える意思がない以上、情報統合思念体も気にしていない。むしろ観察対象である涼宮ハルヒの新しい情報奔流能力を見るいい機会ということで注視しているほど。 『この世界を消失させるにはどうすればいい? こっちにはそっちの世界とはまた別の世界から来た人がいる。この世界の誕生で、その世界が滅ぶと教えられた』 YUKI.N>どうにもならない。世界誕生は涼宮ハルヒの意志。涼宮ハルヒが望まない限り、その世界が消失することはない。ゆえに青白い巨人は涼宮ハルヒがそっちにいる限り無限に生まれる。 『それでも何とかしようとするには?』 YUKI.N>涼宮ハルヒをそっちの世界から消失させること。手段は問わない。 ……やっぱり、そういう結論なのか…… 俺はそれ以上、カーソルを進めることなく、がっくりと椅子の背もたれに背中を預けた。 さらにしばらく時間を置いてから、俺は中庭に降りて行った。 そこにはすでにハルヒが腕を組み、仁王立ちで俺を出迎えてくれていた。 「首尾は?」 「何も」 「なら次はあんたが新館。あたしが旧館よ」 言ってハルヒが旧館に向かおうとした矢先、 天地がひっくり返ったかと思うほどの突き上げるような地響きが俺たちを襲ったのであった。 まあ無理もない。ふと横を見てみれば、これまた突然わいてきたとしか思えない《神人》が一体、新館を後ろから破壊し始めたのである。 って、おい! こんなところまで発生してるってことは…… いやな予感を胸に、俺は新館ではなく校庭へと駆け出した! 「ちょっとキョン!」 ハルヒも付いてくる。 そして新館脇を抜け、いきなり青白い光が視界いっぱいに開けたと思った時、俺は信じられない光景を目にすることとなった。 いったいどれだけ長門とやり取りしていたかは分からない。 それほど長い時間でもなかったと思っていたのだが―― 校庭では、打ち倒された《神人》たちが校庭を埋め尽くすほど累々と横たわり、その全てが透明感をさらに薄くさせて消滅しかかっていたのである。 が、そんなものは大したことじゃない。いや、大したことではあるのだがすでに倒された分は本当に大したことじゃない! さらにその向こうにまだ数体いるのである! 「蒼葉さんは!?」 ハルヒの声で俺は周囲を見渡す。しかし彼女の姿はどこにもない! どこだ? まさか押しつぶされたとか言うんじゃないだろうな? 悲観的な想像がわき起こったりもしたのだが、 「キョン! 上よ!」 叫ぶハルヒが両手で俺を無理やり上に向かせる! んな!? そこに蒼葉さんが飛んでいた! 宙に浮いているのだ! 初めて見たが、これが魔法!? マジで使えるのか!? 信じられないのも無理ないってもんだぜ。 確かにハルヒは蒼葉さんが超能力=(表現はされていなかったが)蒼葉さんの言葉を借りるなら『魔法』を行使すると言っていたが今、目の当たりにしてもまだ信じられん! まるで漫画かゲームの世界にいるみたいだ! 「ライツオブグローリー!」 そんな俺の心の葛藤を余所に、蒼葉さんの右手から放たれた眩いばかりの光の――もうレーザー砲と言っていいだろう! とにかく光の巨大な光線が新館と旧館の間に現れた、俺とハルヒが見たあの《神人》を呑みこむ! 立て続けざまに宙に浮いたまま振り返り、 「ダイヤモンドダストスパイラル!」 ロッドを振り降ろし、放たれたのは雪の結晶が竜巻に撒き散らされている、見た目で判断させてもらうが、吹雪以上の凍てつく暴風! 《神人》数体の緩慢な動きがさらに緩慢になっていき――やがて完全に凍りつく。 そこへもう一発! 「ブレイズトルネード!」 もう一度、勢いよく振りかざしたマジックロッドから、今度は業火を渦巻く竜巻が《神人》の氷彫刻を破壊した! 再び、世界に闇と静寂が訪れて、蒼葉さんが着地する。 もうすでに校庭に倒された《神人》の屍は消滅していた。 あまりの奇想天外な出来事に俺は半ば茫然としていて、蒼葉さんの首筋に汗が滴っていることに気づきもできなかったのだが―― !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! どうやら世界の沈黙は一瞬だったらしい…… 再び、校庭の向こう側に《神人》が一体、浮腫み上がってきたのである。 涼宮ハルヒの異界Ⅲ
https://w.atwiki.jp/haruhioyaji/pages/12.html
「なによ。ずいぶんとご機嫌ね?」 カーペットに寝転んでTVを見てるのは親父。いい大人が日曜の朝からアニメ見ておもしろい? 「そうとも。気分がいい。だが、お前には負けそうだ」 「どういう意味かしら?」 「年頃の娘の幸せそうな姿を見るのは親冥利に尽きるが,男親としては寂しさに悲しさが添加されるようだ」 「な・に・が・言いたいのかしら?」 「ハル、お父さんと遊んでいいの? 思ったより時間過ぎてるわよ」 と助け舟を出したのは母さん。どっちにとっての助け舟かしらね。 「ええ、うそ。やばい。じゃ、行ってくるね」 「まて娘。行きがけの駄賃だ」 そういってバカ親父が何か放ってくる。と、と、と、キャッチ。え、あたしの携帯? 夕べ、居間でテレビみながらメールして、そのままだったんだ。 「心配するな。何も見てない。それから充電なら、しといた」 何も聞いてないでしょ! ……見てたら殺すけどね。 「楽しんでこい。だが、孫はまだいらんぞ」 「母さん、グーで殴っといて。いってきます!!」 「はいはい、いってらっしゃい」 ああ、もう! だから親父が家にいると、調子狂うのよ! 今日だって、ほんとだったらキョンに迎えに来させるはずだったのに。キョンの奴、「俺はかまわんぞ」って言ってたけど、あたしがかまうの! あんなセクハラ親父、見せられないわよ。こんなあたしを見せたくない、ってのもあるけど。 「いっちまったか」 「お父さん、さみしそうなのに、何だかうれしそうですね」 「何故だか当てたら、母さん、デートしよう」 「そうですね。とてもいいお天気で、お洗濯日和だこと」 「わかった、ヒントを出そう。これ、なーんだ?」 「お父さんの携帯でしょ。……あなた、まさか? またハルに怒られますよ」 「俺の娘のくせして、機械に弱いからな、あいつ」 「機械に弱いというより、せっかちなんですよ、お父さんに似て」 「『携帯なんて電話とメールができれば十分よ!』って、どこの親父かと思うよ」 「で、何したんですか?」 「あいつはマニュアルなんて絶対読まないからな。自分の携帯の機能も知らないんだ。母さん、最近の携帯にはGPS機能というのがあってな」 「はあ。なんだか、わかっちゃいましたよ」 「さすがだな、母さん。デートしよう」 「はいはい。でもハルの邪魔しちゃ駄目ですよ」 「それぐらいの慎みはある。だが歯止めが効かない恐れもある。だから、母さん」 「デートというか、お守りじゃありませんか。……すこし支度に時間がかかりますよ」 最悪よ、最悪。 集合場所(じゃなくて今日は待ち合わせ場所よね)には約束の10分前に着いたわ。予定では30分前につきたかったとこだけど。 物陰から恐る恐る覗くと、キョンの奴はまだそこにはいなかった。そこにはね。 「なにしてるんだ、ハルヒ」 「!」 いきなり背後から声かけないでよね! 「あたしがどっかのスナイパーなら、撃ち殺してるところよ……」 じとっとした目でにらんでやる。 「おれも今来たところだ。どっちにしろ、今日は俺のおごりだから、安心しろ」 缶コーヒーを二つ持って後ろから登場したキョンは、はあ、とため息をつく。でも、不機嫌というわけじゃないわね。まあ、これはもう癖みたいなものね。多分。 「あんたの情けは受けないわ」 キョンの奴は一瞬あ然として、それから吹き出した。 「な、なんで笑うのよ!」 「いや、すまん。というか、おれはおまえに情けをかけた覚えは一度だってないぞ。まあ、かけられた覚えもないが」 まだ笑ってるし。何がそんなにおかしいのかしら。 「し、知ってるわよ、そんなこと」 少しくらいは、優しくしてくれてもいい、と思う時もなくはないけどね。まあ、いつだって、ある意味「やさしい」のだけれど。特殊すぎて、時々腹が立つわね。 「出掛けに何かあったか?親とやらかしたとか?」 それに、普段は極端に鈍いくせに、時々ムダに鋭い。わざとやってるんじゃないかしら。 「親父と、ちょっとね」 「ケンカか?」 「ケンカというか、いたぶられた、わね」 なに、その「お前がか?」みたいな顔は。むかつくわね。 「まあ、おまえの親だもんな」 「どういう意味?」 あたしじゃなけりゃ、頬をはられて一発で退場ものよ。 「別に。まあ、強いて言えば、俺にも据えられる腹がなくはない、ってことだ」 「意味分かんない。ああ、言わなくいい!」 あたしは、このバカの手を引いて歩き出す。この場で、これ以上の言葉は不要だわ。 「用意できたか。じゃ、出発!」 「ハルとは2時間遅れですけど」 「小娘には、それくらいのハンディはやらんとな。俺も鬼じゃない」 「……これで、結構仕事ができるっていうんだから、不思議ね」 「うん。多分世の中には2種類の人間が要るんだな。一つは壊す人間、もう一つは修復する人間。壊す人間がいるから新しいことが起こるし、直す人間がいるから毎日が続いていく。俺やハルヒは壊す方だし、おまえや、えーと……」 「キョン君」 「そうそう、そのキョン君は、直す方の人間だな」 「苦労しそうですね」 「俺は仲良くなれそうな気がする」 「不憫になってきますよ、キョン君が」 「なあ、おまえの家って、普通か?」 「はあ?なに?」 「ああ、NGワードだったか。いや、ただ家族仲とか、どうだと思ってな」 「それを知って、あんたはどうしてくれる訳?」 「ふう。確かにできることしかできないけどな。手順を踏めば、もう少しできるかもしれん」 「どういう意味?」 「いや、とにかく、雑用係にも、愚痴ぐらいは聞けるって話だ。おまえが話したいこと限定でな」 「いまは雑用係に用はないわ」 「そうか。じゃ、暫定彼氏志望者じゃどうだ?」 「・・・」 「……黙るなよ。情けないが、これでも、なけなしの勇気なんだ」 「出直してきなさい。あと『志望者』ってのは、外してきて」 「へ?」 「あー、もう、うっさい。あんたが変だから調子狂うわ。どうしちゃったのよ、今日は?」 「知らん。……父親って聞いたらかな?」 「言っとくけどね!」 「……おう」 「あたしは親父似だからね!」 こ、こらキョン、なんでそこで笑うのよ!バカにしてんの!? 「おまえはキョン君に何度か会ってるんだろ?」 「ええ。よくハルを送って来てくれますし、遊びに来たことも何回か」 「拗ねてるように聞こえるかもしれんが、初耳だ」 「ええ、はじめて言いましたよ。拗ねてるんですか?」 「正直言うと拗ねてる」 「私は感謝してますよ」 「俺だって感謝してるよ。娘と軽口を言い合える日が来るなんてな。うれしくて頬刷りしたくなる」 「愛情表現が相変わらず下手ですね」 「いまのは冗談だぞ、母さん」 「私のも冗談ですよ」 「ハルヒの中学時代を思うとな」 「あら、『俺はハルヒを信じる。信じて待とうと思う』と言ってたじゃありませんか」 「父に二言はない。が、つらくなかったと言えば嘘になる」 「ハルヒ似のお父さんが、よく切れずに我慢しましたね」 「それ、ほめてくれてるんだろうが、ハルヒが俺に似てるんだ」 「どっちもどっちですよ」 「いや、時間の順序とか、遺伝とか、そういうのがあるだろう」 「冗談ですよ」 「で、母さん。映画と買い物と、どっちがいい?」 「映画見てから買い物するか、買い物してから映画を見るか、ですね」 「買い物はいいが、あまり荷物になると、映画も見にくいし、第一フットワークが悪くなる」 「あら、その後、追いかけっこでも?」 「娘と彼氏を追い回す、いかれた親父か。悪くないな」 「一生、口を聞いてもらえなくなりますよ」 「まあ、荷物なんか預けてもいいし、送らせてもいいか」 「とりあえず映画見てから、買い物で時間をつぶしましょうか」 「で、キョン君って、どんな奴なんだ?」 「そうですねえ。一言では言えないけれど、やさしい子ね」 「最近の男はみんなやさしいぞ。中には例外もなくはないが」 「ハルがどんなわがまま言っても、照れ隠しに怒っても、許してくれる。でも、ハルのためにならないと思ったら、嫌われようが苦言するし本気で怒ってくれる」 「ほんとはその役をやりたかったんだ」 「お父さんは何をやっても、真剣に怒っているときも、どこか楽しげですもの」 「そうでもない。特に娘に『楽しんでる』『好きでやってる』といわれのない非難を受けることほど悲しいものはないぞ」 「ハルはお父さんにはそうあって欲しいのよ。でも私はハルがちゃんと涙を流せる女の子に育ってうれしいわ」 「……」 「どうかしました?」 「いや、黙ったら少しは悲しげに見えるかなと思って」 「自分で解説が必要なら、まだまだですね」 「キョン君に聞いといてくれ。ハルヒの叱り方」 「『親のプライドが微塵もない』ってハルの声が飛びそうですねえ」 「あいつときたら、父親をグーでなぐるんだぞ。俺のお仕置きビンタはスウェイでかわすくせに」 「そんなの教えたの、お父さんじゃありませんか」 「父親のこめかみにハイキックするんだぞ。父親に関節技つかう娘が他にどこにいる?」 「それでも少しも効いてない振りして笑っているからですよ。あ、でもハイキックはキョン君に叱られたみたい。『スカートの中とかいろいろ見えるだろ』って」 「……」 「なんですか、そのOh, my god!! みたいな身振りは?」 「感情表現が下手なんだ」 「『別に減るもんじゃないでしょ!』ってハルが言い返したら、『減るんだよ。俺のHPとかLPとか、なんかそんなのが』とキョン君が」 「そんな話したのか?」 「ええ、ハルが声帯模写付きで話してくれたのよ。『自分のものでもないのに何言ってんのよ!』とか、ぶつくさ言ってたわね。あら、私の声真似もなかなかいけてた?」 「ハルヒが母さんにいじめられている映像が、何故だか頭に浮かぶんだが」 「ええ。ハルが照れ隠しに不機嫌ぶるのがかわいくて、ついついからかちゃうんだけど」 「今度そういうことがあったら、喜びは二人で分かち合おう。写メで送ってくれ」 「そんなに変なのか、ハルヒの親父さん」 今日は日曜、俺的には近頃すっかり定番となった市内、もとい「市街探索」だ。参加者は、土曜に定例で行われる市内探索と違って、団長と団員その一。今、二人は移動中、電車の中で隣り合って立っている。 前の日の探索の終わった後か、その夜の電話などで、日曜の集合時間とだいたいの行き先が決まる。目的は「市内探索」と大同小異、つまりあってないようなものだが、参加者によってはいくらかの意見の相違はあるかもしれない。あっても別にかまわん。他人と付き合うのは、いやそういう意味じゃないぞ、異なる意見の持ち主と共にいること、なんだろう。多分な。 「変ってもんじゃないわ。あれはヘンタイの域に達しているわね」 「さっき、ハルヒは親父さん似だ、と聞いたような気がしたんだが」 「何か言った!?」 「いや、続けてくれ」 「娘を叱る時まで、おもしろ半分なのよ。一応、顔は怒ってる訳。でも、目がいかにも 『怒り顔、演じてます』って感じにニヤケてるの」 「気のせいじゃないのか?」 「ないわよ。叱り終わったら、さっさと隣の部屋へ行ったの。で、こっそり後付けてみたら、突っ伏して、文字通りお腹を抱えてるのよ!『すまん、母さん。限界だ』だって。母さんもその時ばかりは離婚を考えたって。あたしもそれで一時、人間不信に陥ったわよ」 突っ込んでいいのか、笑っていいのか、わからんぞ、ハルヒ。 「ある時、また親父のひどい悪ふざけで、何だったかは忘れちゃったけど、すごく頭にきて、親父のこめかみにハイキックをあびせたの。ああ、昔の話だし、あんたに会う前だし、部屋着に着替えてたし、スカートじゃなかったんだから、ノーカウントよ。……話もどすわ。とにかく親父の側頭部を蹴ったの。クリーンヒットだったわね。で、親父どうしたと思う? 屁でもないって顔でせせら笑ってるのよ。レバ—打ち→ガゼル・パンチ→デンプシー・ロールでとどめ刺そうとしたら母さんに止められたけど。ったく、思い出すだけで腹立つわ」 「子どもみたいだな」 おまえみたいだ、とは言わなかった。いかに俺でもそれくらいの空気は読める。というか、そう言った際の「不幸な俺」の映像を思い浮かべることはできる。 「そうよ、ガキなのよ、ガキ!」 「しかし父親と殴り合ってる中高生は、ざらにはいないと思うぞ。男女問わず」 「誰と誰が殴り合ってるのよ!? 向こうがこっちに一方にやられてるんでしょ。直ちに修正しなさい!」 「いや、ハルヒのケリを頭にくらって立っていられること自体、想像しにくいんだが。お前の親父はレスラーか何かか? 首まわりがお前のウエストより太いとか?」 「フツーのサラリーマンだと言い張ってるけどね。ああ、でも『相手の攻撃をよけてもいい格闘家がうらやましい。どんな技でも一度は受けるのがプロレスラーだ』とか、ふざけた台詞を吐いてたことはあったわ」 「ハルヒ、それに似たようなセリフ、俺もマンガで読んだことあるぞ」 「ああ、そうなの。それ知ってたら、その時突っ込んでやったのに」 やれやれ。なんだかハルヒの無駄な攻撃能力の育成環境を垣間見た気がする。 「お父さん」 「なんだ、母さん?」 「ロードショーじゃなくて名画座、というのはいいんですけど」 「すまんな。実は古い映画が好きなんだ」 「それは知ってますけど、この3本立て」 「ルトガー・ハウアー特集。『ブレードランナー』(1982年)、『ヒッチャー』(1986年)、『聖なる酔っぱらいの伝説』(1988年)。うむ、確かに右肩下がりだな。いい役者なんだが、この後、いい映画と役にめぐまれなかった」 「それはいいんですけど」 「あとサム・ペキンパーの『バイオレント・サタデー』(1983年)とリチャード・ドナー 『レディ・ホーク』(1985年)があれば完璧だったんだが」 「お父さんの見た映画は大抵見るようにしてるんですけど」 「それは、なにげにすごいな」 「『ヒッチャー』って、デートで見に来るような映画だったかしら?」 「ご立腹はごもっとも。しかし、いささか都合があってな。これ」 「携帯?」 「実は今さっき、ハルヒの携帯に特殊なメールを送った」 「大丈夫なんですか?」 「問題ない。このGPS機能のおまけだ。そのメールを送ると、ハルヒの携帯から、現在いる位置情報を知らせる返信メールが俺の携帯に来る。すると、地図の上にハルヒの現在位置が表示されるというシステムだ」 「いくら熱々カップルでも、メールが入ったら気付くんじゃないかしら?」 「恋する乙女の手を煩わすまでもない。今朝、ハルヒの携帯をいじって、『GPSメールを自動返信』モードにしといた。もともと迷子や徘徊老人の位置把握に使う機能なんだ」 「おもしろがって、その説明をハルにしないでくださいね。種明かしとか言って」 「駄目か?」 「そんな肉を川に落とした犬のような目で見ても駄目です」 「あいつの怒った顔を見るのが、唯一の生き甲斐なんだ」 「寂しい老後ね。いずれは出て行く娘ですよ」 「キョン君に婿に来てもらえばいい。あいつは話せる奴だ、多分」 「まあ、会ったこともないのに」 「もうすぐ会えるさ。だが今はまずい」 「どうしてです?」 「演出上の都合だ。さっきチェックしたところ、あいつらも映画を見るらしい」 「ロードショーを、ですか?」 「そう。だからあの界隈をうろうろしたくない」 「お父さん、嘘と尾行は下手ですものね」 「そうなんだ。よくサラリーマン社会でやっていけると思う」 「では、こうしましょう。交換よ」 「携帯をか。で、どうする?」 「お父さんはルトガー・ハウアーをご覧になって。私は買い物と尾行を楽しみます」 「母さん、今日はデエトだぞ」 「発音を気取っても駄目よ。デートなら、嘘でも私とルトガー・ハウアーを見る必然性を力説しなきゃ」 「ダシに使ったみたいで悪かった。素直じゃないんだ。ツンデレなんだ」 「本当にルトガー・ハウアーが見たかったのね」 「そっちじゃない。いや、完敗だ。最初から勝てる気がしない」 「では集合時間を決めましょ」 「12時半に○○屋(本屋)の哲学・思想書コーナーでどうだ? 誰も近づかん。その時間でもすいてるぞ。なんなら合言葉も決めようか」 「じゃあ、私が『ハルヒ』といったら、あなたは『キョン』ね」 「逆にしないか? 父親の男心も察してくれ」 「いいけれど、ダメージという点では同じじゃないかしら」 「本当だ。ハートブレイクだ、母さん」 「はいはい。じゃあ、また後でね」 「映画、よく見るのか?」 キョンが尋ねる。映画館でする質問じゃないわね。間抜けっぽい。キョンらしいといえば、キョンらしいけど。 「そうでもないわ。親父は家にいると絶えず何か見てるけど。多分、その反動ね」 キョンはいつものように少し困った風に笑う。あたしの方がもっと自然に笑ってるわね。それは多分、こいつの前だから。以前は少し悔しい気がしたけど、今は認めてあげるのもやぶさかじゃない。というくらいには、寛大になれた気がする。「寛大」というには、ほんとは程遠いけどね。はあ、自分につっこむ癖がついた気がするわ。誰のせいかしらね。 「で、今日の映画、おもしろいんでしょうね?」 「正直よくわからん。ふつうの映画とごくふつうの映画とへんな映画とすごくへんな映画があったんだが」 「なによそれ?」 「今、この辺りでやってる映画だ。あとは、怖い映画とすごく怖い映画だったな」 「すごく怖い映画がよかったわね」と言ってやると、キョンの顔に少しだけど焦りの色が見える。そこはポーカーフェイスで華麗にスルーでしょ。いつもみたいにやる気なさそうな顔でいいのよ。あたしはニヤリと笑ってやる。 「まあ、ヒロインが白血病で死ぬとかでない限り、暴れ出さないわよ」 声には出さないけど、やれやれ、って言ってる顔ね。 「まあ、『暴れる』と口で言ってるうちは大丈夫か」 うっさいわよ、キョン。 「ハルヒ」 「キョン。……母さんの言うとおりだった」 「何がです?」 「映画だ。『ヒッチャー』。確かにデエトで見る映画じゃない」 「そうですよ」 「ごついおっさんが、若い者を延々と追いかけ続けるんだ。自己嫌悪だ」 「あらあら」 「殺しても死なないんだよ、そのおっさん」 「ルトガー・ハウアーですから」 「それでさらに、若い者を延々と追いかけ続けるんだ。自己嫌悪だ」 「お昼、どうします?」 「携帯、とりかえてくれ」 「はい」 「ピ。ピ。ピ。……おいおい」 「どうしました?」 「あいつらだ。高校生らしく、ファストフードで済ませると思ったんだがな」 「この地図、小さいわ。どの辺りにいるのかしら」 「ここだ。こじゃれたイタメシ屋なんかあるところだ」 「よくそんな細かいところまでわかりますね」 「この辺りのメシ屋、ゲーセンの類いはすべて暗記した。基本だ」 「少年課の刑事さんみたいね。娘に似て、無駄に高いスペックね」 「娘が俺に似たんだ。……無駄に高いか?」 「キョン君が奮発したんですよ、きっと」 「イタメシ屋か? ランチだと1500円からある」 「そこまで覚えてるの?」 「基本だ……無駄に高いかな?」 「ええ、きっと。でも、嫌いじゃありませんよ」 「よかった。凹むところだった」 「で、鉢合わせはまだ避けたいの?」 「劇的な登場と行きたいもんだ」 「すてきな昼食と、わたしたちもいきたいわ」 「ガキが来そうにないそば屋があるんだが。そのイタ飯屋からすると駅を挟んで反対側だ」 「落ち着いて食べられそうね。天ざるなんて、どうかしら?」 「人におごりたくなるほど、うまいのが食える」 「すてきね。ごちそうになるわ」 「イエス、マム」 映画は可もなく不可もなく、といった感じだった。 泣かせどころが2〜3カ所、笑いどころが5〜6カ所。まあ,普通に「へんな映画」だったわ。 それも、前半はハラハラドキドキ手に汗にぎって見てたのに、後半はグーグーいびきかいて寝てる奴ほどではなかったわね。呆れるのを通り越して、笑えたわよ。 言い訳がまた古典的というかベタというか、「明日が楽しみで、夕べ寝られなかった」と。あんた、何時代の人間よ? 思いついても普通口に出来ないわよ。事実なら、なおさらね。 まあ、あたしも終わり三分の一は寝てたし、この件はこれ以上追求しないわ。あんたも忘れなさい。いいわね、キョン? いいのよ。こういうのは何を見るかより、誰と見るかが,重要なのよ。自爆?どこの誰が? へえ、あんたも言うようになったわね。でも、顔真っ赤にしてちゃ説得力は1ピコグラムもないわよ。うっさい。トマトとか言うな。指をさすな。小学生か?! ……ああ、待って。以後、恥ずかしいこと言う度に一回、グーで殴るから。はい、どうぞ。 ……ヘタレ。いくじなし。 まあ、食事は、おいしかったわね。 「ほんと、食べてる時は幸せそうだよな」 わるい? おいしいもの食べて幸せになるのは当然よ! 何食べても見境なく笑ってたら多幸症だけどね。あんたも、あんなにおいしいお弁当、持ってきてるんだから、笑顔で幸せを噛みしめて食べなさい。あれは、いつ取られるかわからんから、周囲を警戒してる表情だ? 上等よ、表へ出なさい! あ、そ。確かに混んでるしね。随分、並んでるわね。で、この後どうするの? はあ、誘ったの、あんたでしょ。しょうがないわね。ほら。何かって? 見てわかんない? 怪しげな収蔵品を展示してる博物館というか室内テーマパークの割引券。新聞屋が置いて行ったのよ。うっさい。行くの?行かないの? あたし?行くに決まってるでしょ。じゃあ、早く来なさい! 「で、どこで劇的な登場をするんです?」 「俺の計算だと、黄昏どきの展望台だな。みんな景色を見るふりをして、お互いを見ないお約束だから、若いアベックの宝庫だぞ」 「そこに乗り込むの?」 「命知らずだろ? 惚れたか?」 「あの二人、照れ屋だから、いっそ観覧車にするかもね」 「だから町の中にあんなもの建てるのは反対だったんだ」 「ロンドン・アイ、ふたりで乗ったわよね?」 「テームズ川は、心のふるさとなんだ」 「いいところでお父さんが現われたら台無しよね」 「馬に蹴られるような真似はしない。登場はその直後だ」 「『口づけを交わした日は、ママの顔さえも見れなかった』」 「なんだ、それ?」 「歌の歌詞ですよ」 「クールな自分を見失いかけた」 「ふつうですよ」 「目がきょどってないか?」 「ふつうよ」 「まあ、観覧車には爆破予告の電話をするとして、だ」 「いいけど、オカマ声はやめてね」 「母さん、念のため言っておくが、あれは悪ふざけだ」 「知ってるわ」 「信じてくれ」 「はいはい」 「結局、私たちが乗ることになったのね、観覧車」 「何事も予習復習だ。俺は照れ屋なんだ」 「行き当たりばったりも素敵よ。期待以上の事が起きるかもしれないし」 「たしかに。ぎちぎちのスケジュールだと、そもそもサプライズの生じる余地がない」 「どうしたの? 『しまった』って顔して」 「今のをハルヒに伝えるの忘れてた。ああ、親らしいこと、何もせずじまいだ」 「平気よ。どうせ聞く耳もたないもの」 「だが、母さん。あれは、ああ見えて勝負パンツをはいていくような娘だぞ」 「『お父さんの親心は、おじさんの下心』よ」 「なんだ、それ?」 「ことわざですよ」 「新しい自分を見つけ損なった」 「よかったですね」 「声、うらがえってないか?」 「大丈夫」 「しかし、こんな密室に二人きりで向かい合って、恥ずかしくて死ぬんじゃないか?」 「同じ側に隣り合って座る手もあるわね」 「ああ、それならお互いの顔を見なくて済む」 「こんなに近くにいるのに、もったいないわね」 「俺たちも、いいかげん素直になろう」 「あら、私はずっと素直ですよ」 「わかってる。我が家でツンデレは、俺と娘だけだ」 「三分の二いれば、憲法も変えられますよ」 「そうなのか?」 「違ったかしら」 「眼下の下界を見ろよ。人間がアリのようにたかってる」 「夜景には早いけれど、きれいね」 「母さん、吊り橋効果って知ってるか?」 「ええ、保健の時間に習いました。たしかシャクターの情動二要因説(1964)やダマジオのソマティック・マーカー仮説(2000)と一緒に」 「そうなのか?」 「違ったかしら」 「さあ、たっぷり楽しんだな」 「そうですね」 「あとは、若い連中をからかいに行くだけだ」 「ひかえめにね。『やーい、やーい』は、やめてね」 「あれ、嫌がるんだぞ」 「されるのが嫌というより、『これが自分の親』と思うのが嫌みたいですよ」 「うまいぞ、母さん。『親』と『嫌」をかけたんだな」 「いいえ」 「他に禁則事項はないかな?」 「女の子だから、残るような傷はちょっと」 「顔以外の傷は、見たらクーリング・オフは認めんぞ」 「ハルが小さい頃は、毎日、なま傷だらけで。きれいに治ってよかったわ」 「男の子がするような遊びしかしなかったからな」 「息子の方がよかったの?」 「息子だったら、俺が殺されてるか、殺してるよ」 「そうなの?」 「ああ、俺が息子だったらそうしてる」 「ふふ、ハルヒが女の子でよかったわ」 「心底そう思う。だが、うまく伝わらないんだ」 「表現方法を変えてみたら?」 「今度そうする。だが、恥ずかしくて死にそうだ」 「それもいい手かも」 「生まれ変わったら試してみる」 「あの子たち、この中にいるの?」 「隣のビルとつながってるチューブみたいのがあったろ。あれが展望台なんだ。今だと、夕日が正面でロマンチックだ」 「このロビーで待つの?」 「あそこの色の違うエレベータが展望台直通のやつ。あいつらは事がすんだら、あそこから出てくる予定だ。そっちに喫茶があるから、座れるし、お茶も飲める」 「ハルヒ、それとキョン君だったかな? Comment allez-vous?(コマンタレブー)」 「な、なにしてるのよ!?こんなところで」 「母さんと二人で青春してるんだ」 「まさか、つけてきたの? 最低!!」 「自分ばっかり幸せになれると思ったら大間違いだぞ。幸せは分かち合うもんだ」 「母さんまで、この悪魔に魂売ったの!?」 「キョン君、君はまだやり直せる。いっしょに日本へ帰ろう!」 「キョンに指一本でも触れたら承知しないわよ!」 「ラブラブだな、このツンデレ娘」 「親父にだけは言われたくないっ!」 「じゃあフラクラか?」 「娘相手にどんなフラグ立てようっての?」 「死亡フラグ」 「覚悟はできてるようね!」 どうしたらいいのか、いや何がはじまったのか、見当もつかず途方に暮れていると、いきなり襟首をすごい力でひっぱられた。 ハルヒ?は前にいるよな、ってハルヒの母さん? おまえのアレは、母親ゆずりだったのかよ。 「少し離れて見てましょうね。キョン君までケガしたら大変」 「止めなくていいんですか?」 普通は娘の心配をしませんか? 「もう無理よね。こんなにおもしろいもの」 ああ、最後の頼みの綱だったが、この人も駄目だ。 「仕事で家を空けることが多いせいかしら。会うと愛情表現が過激になっちゃうみたいなの」 ころころ笑うところじゃありません。 「ハル、今日はキョン君も呼んで夕食よ。母さん、本気出すから、早くしとめて帰りましょう」 ハルヒは顔は敵(父親)に向けたままだが、親指を立てて(いわゆるサム・アップだ)、多分「OK」の返事をした。 「いつもは、本気じゃないんですか」 と、当たり障りなくて、どうでも良さそうなところに突っ込んでしまう。 「そう毎日だと家計がねえ。普段はどうしても時間とか値段とか効率を考えてしまうの。今日はそういうリミッターなしだから、楽しみにしててね。『さすがハルヒの母さんだ』ってところをお見せするわ」 すみません。俺にはお見せできるようなものが何もないみたいです。 「いいのよ、そんな」 「今はこれがせいいっぱい……」 どこかで聞いたようなことを言って、俺は闘争オーラの震源地へ、びびりながらも2歩、3歩踏み出した。 「一家団欒のところお邪魔してすみません」 「キョン君、下がっていろ。手負いの娘が何をするかわからん」 「このバカ親父!!」 俺はすうと息を吸い込んで、低く押さえ込んだ、しかしよく通る声の出し方で言った。 「おいハルヒ、やめとけ」 「うっさい、邪魔するな!!」 「やめないとな・・・別れるぞ」 「「!!」」 音速の壁を越えて父と娘が同時に俺につかみかかってきた。ああ、ハルヒのお母さん、後のことはお願いします。 「お、親の前で、だ、だ、だれが、あんたと、つ、付き合ってるみたいなこと言うな!!」 「……」 「親父、何黙ってるのよ!!」 「いや、突っ込もうか、おちょくろうか、嬉しいような、寂しいような、複雑な心持ちでな。ところでハルヒ」 「なによ!?」 「キョン君、もうオチてるぞ」 「あ」 親の前だとか、いきなり既成事実だとか、パニっくって力の加減ができなかったとか、言い訳はしたくない。結局、意識を失ったキョンは親父が蘇生させて、そのまま親父がおぶって帰った。あたしが、と主張したんだけど、 「若い兄妹を売る奴隷商人に見られたらかなわん」 という訳のわからない親父の言い分が通ったのだ。無理を通せば道理が引っ込むって奴だわ。 母さんは母さんで、キョンの家へ電話をして何やら調子の良い嘘話をこさえて(確かにうちの娘が息子さんの首を絞めましたので、夕食を食べていってもらおうかと、とは言えないわよね)キョンの親御さんを説得し、その前に電話してあったのか、話が終わって建物の外に出ると、タクシーが私たちを出迎えていた。親父とキョンと母さんが後ろに乗って、あたしは一人、運転手さんのとなりの前の席。母さんが無言でそう促したのに従った。 キョンといるところをうちの親に見られて、ううん、うちの親をキョンに見られて、どうしようもないくらい動揺してたのは確か。怒りをあおった親父に乗ったのも,混乱と照れを隠すため。そこにキョン、あんたまで乱入してきて、さすがの私もオーバーフローよ。パニックにもなるわ。でも、あんた、あたしを止めようとしたんだよね。それくらい、分かるよ。分かる過ぎるくらい。あんたがどういう奴で、あの場面に居合わせたら、何を考えて、どうしようとするかぐらい、百もお見通しよ。だから,今は自分が情けない。 「おい、こいつ。なかなかやるな」 バカ親父が何か言ってる。もう黙っててよ。娘が泣いてるのに、責任ぐらい感じなさい。 「『こいつ』なんて呼ばないでよ。ちゃんと『キョン』って名前があるんだから」 「『キョン』は、ちゃんとじゃないだろ……。わかったよ。キョンはすごい奴だ」 「『キョン君』でしょ」 「はいはい。キョン君は、なかなかのもんだ」 「キョンが目覚ましたら、その無駄口、ふさいでよね」 「混乱に混乱を、か。ベタだがなかなか思いつかん。思いついても普通は選択せん。ずいぶんと修羅場をくぐってるのかな、この若者は?」 「知らないわよ」 「おいおい、知らなくていいのか?」 「知ってても、あんたに言う必要ないわ」 「そりゃそうだ」 親父はそっぽを向いて、アヒルみたいに口をとがらせる。子どもみたい。恥ずかしいから止めて。 「昔、父さんの親友二人がな、ちなみに男と女で、そのうち夫婦になるんだが、ちょっとしたレストランで痴話喧嘩を始めた。気性の荒い二人でな、飛び交うのは怒号だけじゃすまなくなって、両方が同時にナイフとフォークを握りしめて立ち上がった。俺はそいつらの向かいで飯を食ってたんだが、店中の人間が父さんを注目しているのに気付いた。『止めてくれ』ということらしかった。その国の言葉は、まだあんまり得意でなかったんで、細かいことはわからんが。父さんは、とっさに自分たちが食事していたそのテーブルを蹴り飛ばしてひっくり返す手を思いついた。でかい音と衝撃で、気をそげるかもしれんと思ったんだ。だが、実行は躊躇した。テーブル・マナーはいくらか教えてもらったが、犬も食わないケンカにテーブルを蹴飛ばしても可、なんて常識はずれもいいところだからな。もう一度、他の手はないか考え込んだ。父さんも若かったから口では『常識なんてくそくらえ』と言っていたが、いざそんな場面に投げ込まれると、自分が骨の髄まで常識に染まってるのを思い知ったよ。結局、父さんがテーブルを蹴飛ばすよりも早く、女のフォークが男の胸にぶすり。……ハルヒ、全然信じてないだろ、今の話」 「親父、その話、怪談になってる」 「しょうがない。母さん、胸の傷を見せてやれ」 「バカじゃないの。刺されたのは男でしょ」 「そうだ。言ってなかったが、母さん、昔は男だったんだ」 「だったら、あたしはどこから生まれたのよ」 「そりゃ、おまえ、コウノトリをおびきよせて孕ませたんだ。だが、そのコウノトリは本当はハゲタカだったんだ」 「母さん、このバカ、いますぐ捨ててきて」 「父さんは、この若者、気に入っちゃたな。お前が捨てるなら、俺が拾うぞ。お前にオトされるようじゃ、少々線は細いが、なに海兵隊に2年もぶち込めば、口で糞たれる前と後にSir.をつける立派な若造になる」 「訳わかんない。捨ててないし、勝手に拾わないで」 「今時の若いもんを見直したってことだ。……よし、来年は冬コミにサークル参加するぞ」 「はあ?」 「サークル名も決めた。涼宮家を大いに盛り上げるソフィスケイトされた大人の団、略してSOS団だ。ガキは入れないから安心しろ」 「母さん、親父が壊れた。新しいの買っていい?」 「はいはい」 はいはい、じゃないでしょ。誰か何とかして。キョン、いいかげん目をさましなさいよ。や、やっぱ駄目。寝てなさい。目が覚めても寝たふりしてて。 気がつくと、事態は修羅場から、魅惑の食卓へと激変していた。 俺たちはナプキンなどつけ、出ては下げられ、また出ては下げられていく何枚もの皿の上の料理を食べている。 「お、おい。ハルヒ」 「なによ。ちょっと、顔が近いって」 「すまん。しかし、これ家で出てくるような料理じゃないぞ」 「あの人は無駄になんでもできるのよ。若い頃、フレンチの店、してたこともあるみたいだし」 「まじか?」 「金持ちのじじいに金出させて、店出したんだって。シェフもギャルソンもソムリエもピアニストも全部自分ひとり。テーブルも一つっきりで予約のみ。親父と出会うまで続けてらしいんだけど。本人の話だし、あてになんないわ。『日本じゃないのよ』とか言ってたし」 「まじか?」 「小学校も途中までしか行ってないとか、14の時には日本にいなかったとか。そういう『伝説』みたいなことしか、自分のこと言わないの。たしかに語学は親父よりできるみたいだけど、発音はきれいだし。親父は何語しゃべってもカタカナね。あれでよく通じるわ。まあ母さんの方が、娘をからかわないだけマシだけどね。最近そうでもないけど」 そこで何故「じとっ」とした目で俺をにらむ? 「わかんないなら、いいわ。あ、親父、醤油とって」 「フレンチに醤油はないだろ?」 「何言ってんの?このソースにも使ってあるわよ。だったらソイ・ソースとって」 「それ醤油と同じだ。母さん、このソースだが……」 「ええ、使ってますよ、お醤油」 「……キョン君、お互い苦労するなあ」 「はあ」 「愚かしくもバカバカしい店があるんだが、憂さを晴らしに今度飲みに行かないか?新しい友情のはじまりだ」 「キョン、知らない親父に着いて行っちゃ駄目よ。死刑だから」 いや未成年だし。そんな店、行きたくないし。友人は選びたいし。親は・・・選べないんだよな。 「母さん、娘がグレた。次のと交換していいか?」 「次の、って何よ?」 「……教えない。だが、眼鏡っ子で巨乳とだけ、言っておこう」 「むー、巨乳は垂れるんだからね!」 論点が違う!・・・よな? おわり (別の日の食卓にて) 「そういえば、あたしが親父の頭を蹴って、親父が平気な振りして笑ってた話をしたら、キョンの奴、なんて言ったと思う?『子どもみたいだな』『でも、そういうの嫌いじゃないぞ、オレは』だって。ばっかじゃないの!」 「おお、心の友よ!!」 「あんたはジャイアンか!?」 ほんとにおわり ▲ページのトップへ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/3023.html
四章 時刻は夜11時。俺は自宅にてハルヒの作ってくれたステキ問題集を相手に格闘中だ。 「やばい、だめだ。全然わからん。」 朝はハルヒに啖呵を切ったものの、今では全くもって自信がない。 今の時期にE判定を取るようじゃ、どう考えても結果は目に見えている。 そもそも俺よりも頭のいいあいつが、それに気付かない訳がないのだ。 ただ遊ばれているだけなのか? …………ハッ!いかんいかん!俺の中の被害妄想を必死でかき消す。 頭を一人でブンブン振っていると、俺の右手に違和感があることに気付いた。 俺の右手はいつのまにか机の引き出しの中に伸びている。 手は引き出しの中の『奴』を掴んでいた。 そのことを俺の頭が理解した途端、俺はバネにはじかれたように机から遠ざかった。 「はぁ、はぁ…」 これ以上ないくらいの恐怖を感じながらも、俺の手はまだ『注射器』を握り締めている。 「何で…何でこんなことになっちまったんだ…」 俺は力なくそれを床に叩き付けた。 あれは、きのう… 「ど、どうしたの?キョンくん?」 下駄箱で春日が俺をその大きな瞳で見ていた。 その時の俺が普通じゃなかったのは言うまでもない。 「クソ!俺はハルヒを!!バカだ!最低だ!なあ、春日! 明日から俺はハルヒにどう接すりゃいい?!」 突然激昂した俺に、春日は動揺したように言った。 「ちょっ、待って!話は聞くから取り敢えず落ち着いて!場所は…公園でいい?」 ここは公園。俺と春日はベンチで並ぶように座っている。 事情を知らない人が見たらカップルに間違われるかもしれない。 ここで俺が春日の肩に手など回せば完璧だな。だが生憎、俺にそんな余裕はない。 「どうしたの?涼宮さんと何があったの?」 春日とは朝の挨拶以外はほとんど話したこともなかったが、話は本気で聞いてくれるようだ。 俺は今までのことを呼吸をするのも忘れてぶちまけた。 ほとんど話したこともない女子に、こんな長々と話すのは俺のキャラじゃないんだがな。 今はとにかく誰かに話を聞いて欲しかった。春日は俺の話を真剣な目で黙って聞き、 俺がたまに同意を求めると目を優しくさせ、「そうだね」と相槌を打ってくれた。 「どう思う?!」 その最後の言葉を俺が吐き終えると俺の興奮は冷めていった。 が、代わりにいいようのない虚無感が襲って来る。 何もやる気が起きない。ふう、と俺が久々に肺に酸素を運んでいると、 春日は俺の質問には答えず、ベンチからすっと立ち上がった。 「ねえ!今からうちに来てみない!?ほら!いーから、いーから♪」 ハルヒにも負けないような笑顔を見せながら俺の手を引っ張る。 「お、おい、どういうことだよ?」 言葉ではこう言ってるが、俺は大した抵抗もせず、フラフラと春日のあとを付いていく。 正直、どういうことかなんてどうでもいい。全てが色褪せて見えていた。 春日の家につくと、すぐにリビングに通された。両親はいないようだ。 「それじゃ、早速あたしの意見をいうね?明日にでも涼宮さんに謝って? あたしは今までのキョンくんの頑張りを教室でいつも見て来た。 だからキョンくんがその反動で、涼宮さんについ当たっちゃった気持ちもわかるよ。 でも男の子から殴られるってことはあたし達女子にとっては、 とても耐えられないことなの。 好きな男の子からなら尚更…きっと今涼宮さんは泣いてるよ? お願い!涼宮さんを元気づけられるのは、あなただけなの!」 いつもなら『好きな』の所で何らかの反応をして見せるんだろうが…当然、どうでもいい。 わかってる、わかってるんだ。俺がこれから何をしなければならないのかくらい。 「だけど…俺は自分が怖いんだ。 あいつに会ったら…またあいつを殴っちまうんじゃないかって…」 今の俺は誰がどうみても、とてつもなくヘタレなんだろうな。 さすがにこれは春日も愛想を付かしてしまうか。と思っていると、 「ちょっと待ってて!」 と言ってリビングから出ていってしまった。 「おまたせ!」 戻ってきた春日の手には小さな怪しく光る注射器が握られていた。 夕日の逆光のせいでシルエットになっている春日と注射器はシュールで、とても気味が悪い。 「おい、それ何だよ。」 「ん?かくせーざい♪」 力なく問い掛ける俺の質問に、特に悪びれる様子もなくそう答える。 その態度と質問に対する答えは、俺を動揺させるには十分だった。今日一番の揺れの観測だ。これはさすがに力なく「そうか」で済ますことは出来ない。 「な…な……何を言ってるんだよ!馬鹿らしい! それをどうするつもりだ?! 俺にヤク中になれっていってるのかよ!」 「何言ってるの?たった一回だけだよ! 今のキョンくんは自暴自棄になっちゃって、自分に全く自信がない状態なの! そんな、どうしたらいいか分からない時のための、一生で一度だけの切り札! これさえあればどんどん自信がついてくるんだよ? まるで自分がスーパーマンにでもなっちゃったみたいに!」 いやいや、まてまて、おい。WHY!?いやマジでWHY!? 「覚せい剤だぞ?!そんなもん一度やったら、 二度と抜け出せなくなっちまうことくらい俺でも知ってる! 悪いな。邪魔した。俺はもう帰る。」 ここにいちゃいけない!そう警告している本能に言われるまま、俺は部屋を出ようとした。 「また涼宮さんを傷つけるの?」 その言葉に俺の足はいとも簡単に止められた。 「自分が何するかわからない、怖いって言ったのはキョンんだよ? このまま会っても今の溝がもっと深まるだけ… 涼宮さんのことを想うなら、これを使うべきじゃない?」 何度もいうがこの日の俺は本当にどうかしていた。 たったそれだけの言葉で気持ちが傾いて来やがるんだからな。 「だ、だけど!それを打っちまったら、俺は…」 「依存症なんて意志の弱い人だけ。あたしは知ってるよ?キョンくんがそんなに弱くないってこと。」 確かに、俺は薬物依存など意志が金箔よりも薄い奴がなるものだと思っている。 「それと、キョンくんが、誰よりも涼宮さんを愛してるっていうこと。」 春日は終止、優しい目で言う。でも…だけど… いや、もしこれを使えばまたハルヒと…楽しい日常を…こんな押しつぶされそうな気持ちも… 「いいの?涼宮さんを泣かせたままで… また仲良くしたいでしょ?何にもなかったように…」 「何もなかったように…俺は…俺はあいつと…また笑いあいたい…」 「うん、そうだよね。これさえあればその全てが叶うんだよ?」 ああ、藁をもすがりたいとは今の俺のためにあるんだな、なんて思っていると、 俺の口は勝手に動きだした。 「本当に…本当に一回だけなら大丈夫なんだな。」 「それはキョンくん次第だよ。でも…あたしはそう信じてる。」 その言葉を聞き、俺は春日から注射器を取り上げた。 おい、いいのか俺。本当にいいのか?顔からは脂汗が吹き出ている。 脳細胞を除いた体中の細胞がその全総力を結集して、奴の進入を拒んでいる。当たり前だ。 腕に針を刺すだけでも抵抗があるんだ。そのうえ、その針の中には悪名高い奴がたっぷり詰まっているんだからな。 だがその警告すら脳が一喝すると、あっさり解けていった。 腕に針先を添え、深呼吸をし、俺は………刺した。 想像以上の痛みを覚えたため慌ててピストン部分を押す。 次の瞬間、何とも言えない感覚が俺を襲った。…いや包みこんだ。 まるでこの世の全てが俺を受け入れた感覚。酸素は溶け、 俺に混ざっていき、俺も溶けて酸素に混ざっていく。 今、この瞬間のために俺の人生があったのではないかと錯覚してしまうほどだ。 今なら日本の裏側にあるブラジルのニーニョさんが何回ドリブルしたかも分かってしまいそうだ。 いや、その気になれば世界の改変でさえも… 「……ん!キョ…ん!キョンくん!」 ハッ!、意識が飛んでいたようだ。 「どう?キョンくん?」 「ああ、とても清々しい気分だ!」 一瞬春日が顔をしかめた気がした。 「これならきっとハルヒにもちゃんと謝れそうだ!」 ほんと、依存症とか、何を心配してたんだ?俺は! 俺がそんなもんになるはずない!なんてったって俺は あれだけハルヒに引っ張り回されたり、耳を疑うようなトンデモ体験をして来たんだ! 今さらそんなんでヒイヒイ言うようじゃ、SOS団万年ヒラ団員の名が廃るぜ! 「そう良かった。あっ、もうこんな時間だね。送って行こうか?」 春日がすっかり調子を取り戻した笑顔で言った。 いつのまにか七時すぎになっていたようだ。 「いや、自転車だし、大丈夫だ。」 「そう、はい!カバン!!」 飛び切りの笑顔で見送りした春日に俺も飛び切りの笑顔で、手を振った。 それから家に帰ってからだ。カバンの中に注射器と粉の入った袋を見つけたのは。 いつ入ったんだ。あいつが…入れやがったのか… 「はあ…はあ…」 床の上の注射器が怪しく光っている。 なんで今日あいつに話に行ったとき返さなかった。クソ!あいつ…俺をどうする気なんだ! いっそ警察に…いや!俺も捕まっちまう!そうしたらハルヒが……… もうハルヒを傷付けたくない!古泉とも約束したんだ! いや、でもこのままじゃいずれ…よそう、こんな考えは… それにしても…何だ、この感じは? 昨日は奴を拒んでいた体中の細胞が、今は奴を渇望している。 もう…逃げられない… 脳細胞があきらめかけたその時、ケータイが鳴りだした。 着信………長門 長門の 名前を見て、俺は心底安心した。今の長門には何の力も無いのにな。 やれやれ…すっかり長門に対して頼り癖がついてしまったらしい。 「もしもし、長門か。」 「そう。」 ………沈黙。いやいや「そう。」じゃなくて!そっちから電話をかけて来たんだから、 会話のキャッチボールは長門から投げるべきだろう。 だけど、それが余りにも長門らしくて、俺はまた安心した。 「あなたに謝らなければならないことがある。」 その言葉を聞いて、俺は考えを改めた。なるほど、さっきの沈黙は、 どう切り出すかを考えていたのか。 「いや、謝らなければならないことなら思い当たるんだけどな。」 「昨日、私はあなたの涼宮ハルヒへの第一撃目を、阻止することが出来なかった。 感情が………邪魔をした。」 そうだ、いくら長門でも今は普通の女子高生なんだ。俺がいきなりキレて暴れだせば そりゃ呆然とするだろう。 「いや、お前は全然悪くない。逆に俺が謝るべきだ。あのままじゃ、 俺はハルヒをリンチしていただろうからな」 「でも、私があの時もっと早く対処していればこんなことにはならなかった。」 一瞬にして顔が冷や汗でいっぱいになった。こんなことだと?もしかして全部気付いているのか? 「お、おい、俺はもうハルヒとはちゃんとケジメつけたんだ。 今日も部室で見てたろ?何だよ。こんなことって。」 「私にはわからない。だからこそ教えてほしい。何があったの? とても胸騒ぎがする。あの注射跡は何?」 全てを気付いてるわけではなさそうだ。だけど勘づいている。こいつから胸騒ぎなんて言葉が 出てくるとはな。 「だから、あれは献血で…長門、お前は知らないだろうが、俺はハルヒと古泉に約束したんだ。 もう二度とハルヒを苦しめたりしないってな。」 どの口がいってやがる。 「………」 無言だ、 「そ、そうだ!長門!手、大丈夫か?かなり力入れてたからな、 ケガ無かったか?」 「肉体の損傷は問題ない。ただ…」 「ただ、何だ?」 今なら長門が電話の向こうで思案している顔が、はっきりと分かる。 「あんな思いは…もうたくさん…」 俺ははっとした。そうだ、傷ついたのはハルヒだけじゃないんだ。こいつは、長門は 俺の暴力を目の当たりにしてしまったんだ。その心の傷は、計り知れない。 「ああ、本当にごめんな、もう二度と傷つけない。」 「そう、あなたを……信じたい。信じていいの?」 すがるように聞いて来る長門。ここは瀬戸際だ、全てを話すか、このことは俺の中に秘め、無かったことにするか。 そうだ、もう二度とやらなけりゃいい!『奴』の誘惑なんかに負けなければ今までどおりの平穏は、 守られるんだ 「ああ!」 「そう…なら…信じる。」 そういうと長門は電話を切った。 ふう、この注射器はもういらないな。ありがとう、長門。お前のおかげでこいつの誘惑に、負けずにすんだよ。 何を考えているかしらんが、お前の思い通りになんかなってたまるか!春日! 俺は!俺の欲望に打ち勝つぞ!! 「もしもし?古泉です。お久し振りですね。 実はですね………おお…察しがよろしいようで。そう、機関の創立6周年パーティについてです。 はい、もうそんな時期になるんですよね。 全く、今はもう存在しない機関だというのに。はい、もちろん主催者は今年も、森さんです。 彼女らしいといえばらしいですね。ええ、そこであなたも招待しようということになりまして………… いえいえ、あなたは今でも、そしてこれからも我々の仲間、いわば同士です。 そろそろ河村のことも、気持ちの整理がついたのではないですか? …はい、そうですか!それは皆さん喜ぶと思います! それでは、今週の土曜に。いつもの場所と時間で。 待っていますよ?春日さん?」 五章へ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/1429.html
ハルヒVS朝倉 激突 1話 ハルヒVS朝倉 激突 2話
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/3882.html
・・俺はただあいつに、笑っていてほしかっただけなのかもしれない。 涼宮ハルヒの再会 (1) いろいろありすぎた一年を越え、俺の初々しく繊細だった精神は、図太くとてもタフなものになっていた。 今の俺ならば、隣の席に座っている女の子が、突然『私、実はこの世界とは違う世界からやって来ているんです』などと言いだしたとしても、決して驚かないだろう。 愛すべき未来人の先輩や無口で万能な宇宙人、そして限定的な爽やか超能力者たちとともにハルヒに振り回されて過ごしたこの一年間は、俺があと何十年生きようとも、生涯で最も濃密な一年になるはずだ。 と言うより、そうなってくれないと困るな。 これ以上のことは、さすがの俺も御免こうむりたい。 いくらなんでも毎年毎年、クラスメイトに殺されかけるような事態は起こらないはず・・・と、思いたいな、うん。 北高に入学してから丸一年がたち、SOS団の団長及び団員はみな、無事進級した。 まぁ、“無事”などという表現が必要なのはどうやら俺だけだったようだが。 もっとも、万が一俺が留年し、一年生をやり直すなどという事態になれば、ハルヒの雷が落ちるのは間違いなかったわけで、そうなれば古泉の機関も黙ってはいなかったであろう。 来年、俺が留年しそうになったら頼むぜ、古泉。 「申し訳ありませんが、あなたの学業のことに関しては、機関はノータッチを貫かせていただきますよ。」 冗談だ。俺もお前や、お前の機関にできるだけ借りなんて作りたくないからな。 「それは結構。では、とりあえず今度の中間テストの結果を楽しみにしておきますよ。」 ふん、誰がお前にテストの成績なぞ教えてやるものか。 「いえいえ、あなたの口から直接伺えるとは僕も思ってはいませんよ。あなたもご存知の通り、この学校には僕や生徒会長の彼以外にも、機関の息のかかった者はおりますので、ご心配なく。」 いやいや、逆に心配になるんだが。 一体お前の機関にどこまで俺のことを調べられているのやら。 「おや、興味がおありですか。では少しお話ししましょうか、あれはたしかあなたが中学2年生の6月・・・」 「おい、こらちょっと待て、誰が話せと言った。」 それは、この約3年間の月日をかけて、ようやく記憶の片隅に追いやった、二度と思い出したくないエピソードだ。 勝手に引っ張り出してくるな。 「そうですか、それは残念ですね。やはり記録として活字で上がってくるものを確認するのと、本人のリアクションを見ながら確認するのでは、だいぶ違いがあるのではと思ったのですが。」 「いいか、その話は二度とするな。特にハルヒの前では絶対にだ。」 「それはもちろん分かっていますよ。僕のほうとしましても、いたずらに涼宮さんの心をかき乱すようなまねは避けたいですしね。」 ハルヒだけではない、この場に朝比奈さんがいなくて本当によかった。 あんな恥ずかしい話を朝比奈さんに聞かれた日には・・・ ああ、いや、これ以上考えるのはやめにしよう。 軽く思い出すだけで、激しい自己嫌悪に襲われる。 とにかく、あの二人に聞かれなかっただけ良しとしよう。 俺が部室に着いた時にはもう、いつも通りのポジションで本を広げていた長門には、話の触りを聞かれてしまったが、あいつのことだ、とっくに承知のことなのだろうし、仮に知らなかったとしても何ともないだろう。 先ほど、古泉の野郎があの話をしそうになったときに、長門がこちらをジトっとした目で見ていたのはなにかの間違いだろう、うん、そうに違いない。 その後、いつもより少し遅れてやってきた朝比奈さんのいれてくれたお茶を飲みながら古泉とゲームをし(当然俺の全勝だったのだが)、同じく遅れてきたハルヒによって朝比奈さんがおもちゃと化すのをなんとか止め、長門が本を閉じるのを合図に帰宅する、というこの一年の間にすっかり定着したこの日常を、俺はいたく気に入っていた。 だってそうだろ。 未来人や宇宙人、自分の望み通りのことをおこせるトンデモ少女(古泉の機関に言わせると“神”か)なんていう、ありえない肩書きをもっているとは言え、学校でもトップクラスの美少女たちに囲まれて、毎日の暇な放課後に色を加えることができるのだ。 まぁ、リーダーである団長様がアレなので、今の俺のポジションを羨む野郎なんてのは、つい一月ほど前に入学してきたばかりの新一年生にしかいないだろうが、人って生き物は慣れてさえしまえば、あとはなんとでもなるものである。 最初にも言ったが、俺はハルヒ絡みのことではちょっとやそっとじゃ驚けない体質になってしまっている。 宇宙人、未来人、超能力者が揃い踏みのこの空間で普通に過ごしている俺にとってみれば、身の危険さえ迫らねば、あとのことはたいてい黙って見過ごすことができるだろう。 そう、それがハルヒ絡みのことであれば、だ。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/5310.html
火曜日、朝。 ただの夢なのかそれとも悪夢なのか、そもそもこれは夜に見ているものなのだろうか、もしかしたら白昼夢のただ中にいるのではという感じの夢を見たあげく、妹の容赦ない目覚まし攻撃で俺はどうやらあれは夢であり、こっちが現実らしいという自覚を得た。内容は気持ちのよろしくない夢を見たという輪郭程度しか残っていないが、こちらで目覚めても俺はまだ夢の中にいるような気分だった。 朝食を喰って鞄をひっさげ家を出て、北高に続く地獄坂を登る俺の足取りは、ここ一年で最悪級の重さだった。どうせなら今日一日くらい仮病を使いたかったのだが、考えてみれば仮病は先週の金曜日に強行したばかりであるのでそうも言っていられず、俺はせめて不快感と疲労感を顔の全面に押し出して山登り集団に混ざった。 さて、学校に到着して最初に向かったところと言えば部室棟に他ならない。どうせ受け入れなければならん事実は早々に知っちまったほうがいいのだ。たぶんこう考えていられるうちは、俺は大丈夫だろうよ。 古泉のボードゲームがなくなっていたりした場合、俺はどういう反応を取るだろうかという何の役にも立たない想像をしながら、順当に部室に辿り着いた。こういうときばかり谷口や国木田とも会わない。仕方がないので俺はしばし呼吸をととのえ、注射器を目の前にした子供のように目を閉じて扉を開いた。 「あれっ?」 とまあ、のっけにそんな言葉が出たのも無理はないと思って欲しい。あとは絶句である。 いや、そう言うと語弊があるかもしれない。ただ言葉がでなかったのだ。隅々まで目をやっても、俺は三点リーダ状態から抜け出すことができなかった。 何が起こったのか。俺の頭はようやく稼働し始めた。 まず、俺は時間遡行でもしちまったんじゃないかと疑った。しかしそれはホワイトボードに書かれている文字によって否定できる。「明日合宿用品買い出し、費用各自持参」とハルヒの字で書いてある。昨日、俺とハルヒと古泉の三人の部室でハルヒが宣言した通りだ。つまり今日は昨日の明日であって、時間遡行ではないらしい。 次に俺は世界が変わっちまった可能性を考えた。しかしそれもどうかと思う。世界改変をやってのけるようなヤツは今、周防九曜ぐらいしか存在しないのだ。ただしあいつがそんな芸当をできるという保証はないし、それも今日のこのタイミングで今さら、とも思う。 最後の可能性として、俺はすべてが終焉を迎えてしまったということを考えた。俺の代わりに誰かが事件を解決してくれたとか、あるいは犯人――周防九曜が侵攻を中止したとか。 だってなあ。そうじゃなけりゃ、説明がつかんだろ。 部室には、長門の本、朝比奈さんのハンガーラック及びコスプレ、古泉のボードゲーム各種がすべてあったのだ。 何だそりゃ、と思ったね。気抜けしたと言えばその通りである。古泉のボードゲームが消えていたらどうしようなどと悲観的なことばかり考えていたから、さすがに元通りになっているというのは考えも及ばなかった。いまだに俺の頭の中と外にはハテナマークが飛び回っているが、力の篭もっていた肩からは力がどんどん抜けていった。 改めて部室を見回す。インスタントコーヒーのパックは茶葉の缶に戻っているし、立方体のようなハードカバーは十年も前からそこにあったかのように整然と本棚に並んでいる。古泉の持ち込んだボードゲームは昨日と同じ場所にあるし、中央の机には団長の三角錐がある。鶴屋山原産の七夕の笹には叶うかどうかも解らない五つの願いがぶら下がっている。まるで元通りである。俺は何か悪い夢でも見ていたのだろうかと疑いたくもなってくるね。もしかすると、先週の金曜日から催眠術か暗示にかけられて幻覚を見ていただけだったのかもしれん。思い出せばそんなもんだ。俺の中学校三年間並にあっけなく、そのあっけなさを疑いそうである。 「しかし、ほんとに元通りだよな……」 だが、疑うべきところは一つもないのだ。デスクトップパソコンはしっかり鎮座していて何代も前のものではないし、ここに人員が集まればそれで間違いないと思えるくらいに不自然な点はない。しかし俺の内部に魚の小骨が喉にひっかかって取れないようなわだかまりみたいなのが残っているのは、これがあまりにも唐突すぎたからなのだろうか。 なぜか元に戻った部室。俺が相応のことをしていれば納得もするだろうが、俺は本当に特に何もしていないのだ。それなのに、何故? 昨日の夜から今朝にかけて「何か」があったことは確かなのだが……。 まあいい。どうせ長門や古泉はいるんだろうから、昼休みか放課後にでもゆっくり話を聞かせてもらおう。 俺はどうも釈然としない気持ちのまま、気分を浮つかせることもできずに部室を後にした。 * いかんな。 冷静に考えなければならないだろう。長門の本があったり急須があったりボードゲームがあるだけでは本人が戻っているという確たる証拠にはならない。ここで全員元通りだと思いこんではアウトである。都合がよすぎることの裏には高確率で怪しいことがあるし、視覚情報による思いこみは最初っから疑ってかからなければならん。探偵が推理を行うときの基本事項である。 部室のあらゆるアイテムが元に戻ったように見えた。少なくとも俺の記憶、俺の目を信じるとするならば。 しかし俺は探偵などではない。古泉ほど思慮深い頭を持っているわけでもないから、せいぜい俺は探偵のパシリ止まりさ。考えすぎるのは性に合わん。行動に移すほうが案外、何倍も楽なのだ。 そしてその行動の予定なら立っている。別段難しいことではない。長門や古泉のクラスに行ってみればいいのだ。そこに奴らがいたら何が起こったんだと問いつめればいいし、いなかったらいなかったで対抗策を打つ必要がある。 俺はそんなことを一限二限を聞き流しながら考えていた。次の休み時間になったら行けるかと思っていたが、その計画はあえなく破錠した。 後ろのハルヒが俺を離さなかったからである。 「キョン、夏合宿に必要なものって、何だと思う?」 こいつの目の輝きは夏が近づくにつれて増していくようだった。考えていることはどっかの田舎の小学生とたいして変わらん。 「さあな。合宿を楽しむ心の余裕なんじゃないかな」 俺の適当な解答にハルヒはしかめっ面をして、 「そんな抽象的なことを言ってるんじゃないの。もっと現実的で具体的なことよ。バーベキュー用の木炭とか紙コップとか紙皿とかね。いいキョン? 心意気なんてのは後からついてくるものなのよ。合宿を楽しもうとしても肝心の合宿地がなければ合宿は楽しめないでしょ?」 そうかい。俺なら部室で合宿でもいっこうに構わんぜ。それに木炭ならガスコンロで代用可能だし、紙コップや紙皿だって向こうにはもっと豪華なグラスや食器類がいくらでもあるだろ。 「そんなんじゃ雰囲気が出ないでしょ。考えてみなさいよ、屋外のバーベキューで陶器の皿使って食事するヤツがどこにいるのよ。こういうのは雰囲気と心持ちが大切なんだから」 「さっきはそういうのは後からついてくるものなんだとか言ってなかったか?」 「いいのっ。とにかく今日はどっか大型のホームセンターとかに行かないとダメよ。木炭を買わないといけないし、紙コップも部室にあるやつだけじゃ足りないしね。行ってみたら他に欲しいものも見つかるわよ」 そういうのを無駄遣いと言うのだ。 「キョン、あんた他に夏合宿でやるのに必要なものとか思いつかない?」 「あー、UFO召喚の儀式」 と言ってから我に返った。ついワケの解らんことが口をついて出た。何を言ってるんだ、俺は。 「うーん。それもやってもいいけどさ。キョンに団員としての自覚が芽生えてきたのはいいことだけど、あいにくスケジュールが埋まっちゃってるのよ」 「構わねえよ」 投げやりに言って俺は前を向いてほおづえをついた。窓ガラスに映る俺は不機嫌なツラをしていた。 何を俺は今さら団員の自覚なんぞを獲得しているのだ。まったくもってどうでもいい。 ハルヒが俺の提案を却下したことが、俺の胸の奥に魚の小骨のようにチクチクと突き刺さっていた。なぜハルヒはそんなにもあっさりと非日常を捨てやがるんだ。 俺にはできない。 古泉に諭されて、ハルヒと話して、佐々木と語って、俺もようやく認める気になった。どうしようもない、自然の摂理みたいな不条理さによる葛藤の渦が俺の中にできあがっちまっていたのだ。俺の心理は今や非日常の基盤の上に成っている。中学生の頃とは違う。そして、それの崩壊は論理基盤の崩壊、ゲシュタルト崩壊と同意なのだ。しかもマジで壊れようとしている……。 俺は、憂鬱だった。 * 昼休みになった。 昼休みになったので俺はようやく動く気力を得た。というか、動かねばならなくなった。堂々巡りの俺の思考を断ち切るために俺は勢いよく立ち上がった。 「あ、おいキョン。俺昼飯は学食にしようと思ってるんだけどよ」 「そりゃいい。国木田も連れていってやれ。俺は部室で喰う」 谷口を一秒で処理すると鞄の中から弁当を取り出して教室を飛び出した。 長門がいるのだとしたら昼休みは部室にいるに違いない。もし教室にいたとしても俺が望めばそうしてくれるのが長門流なのだ。さんざん世話になった。 階段は一段とばしである。鬱屈して暗くなった頭を振り回して、廊下も駆け抜けた。 文芸部というプラカードがぶら下がっている部室の前で俺は立ち止まり、一応のことノックして、中から「どうぞ」と男の声がしたのを確認してから俺はドアを開いた。足を踏み入れるとともに、妙にどろっとした空気に包まれた気がした。 「どうしました」 そこには――、 「どうしたの、キョンくん」 古泉が、そして朝比奈さんがいた。 まるで俺が来るのを待っていたかのように。 * 「朝比奈さん……」 俺の口から声が洩れた。 パイプ椅子に座ってこちらを見ているそのお方は朝比奈さんで間違いなかった。栗色の髪の毛に可愛らしい顔、他の何者に真似できるものではない。視線をずらせばハンガーラックやコスプレ一式も朝に見たままの状態でちゃんとある。本当に戻ってきたのか。 「長門は」 窓辺にある長門の特等席に目をやる。しかし、そこに長門の姿を発見することはできなかった。本棚には長門本があり、七夕の短冊も長門の分が復活しているというのに。肝心の長門はどこにいったんだ。 俺が次に発する言葉をどうするか迷っていると、 「長門さんならいましたよ。廊下を歩いているのを見ましたから。珍しく部室には来てませんけど」 古泉が平淡な口調で言った。 「本当か!」 「本当です。どうしたんですか、そんなに驚くべきことでもないでしょう」 バカな。これが驚かずにいられるか。お前も金曜日から長門がいなくなってるらしいのは知ってるだろ。土曜日曜月曜とさんざん考え倒したあげくに、今日になったら突然長門が復活してるんだ。これは驚かないほうがおかしい。とすると、お前の頭はおかしいんじゃないのか、古泉。 「何を言ってるんでしょうかね。長門さんなら金曜日から今日までずっといますよ。おかしいのはあなたの頭のほうじゃないんですか?」 「なっ」 古泉にバカにされるのは稀以上に珍しいことだが、そんなことはどうでもいい。仕返しなら後日いくらでもしてやる。 「まさか、朝比奈さんもそうなんですか? 朝比奈さん、昨日も部室にいましたか?」 「いたけど、それがなあに?」 「古泉」 俺は嫌な予感を押し殺して再度古泉に問う。 「お前は昨日、この部室で何をやってた。パソコンをいじったりしてないか?」 「さて。昨日はあなたとオセロをしていましたけどね。ついでに、僕が全勝しましたよ」 最後の情報はどうでもいい。 「部室でオセロしてたってのは本当か?」 古泉は薄気味悪い笑いを浮かべて、 「はい」 俺は後ずさりして、今さっき入ってきたばかりの扉にもたれかかった。 何てこった。 刃物を手にした殺人犯に追いつめられた、悲劇の主人公のような心境である。全身の力が抜けて、そのまま床に尻餅をついた。古泉と朝比奈さんは俺の存在を無視するかのようにこちらには目もくれない。 違ったのだ。決定的な食い違いがあった。そうそう都合のいいことなんてありゃしない。皮肉にも、すべてが元に戻ったみたいな錯覚を受ける物品だけを設置しやがったのだ。そしてそれはやはり錯覚に過ぎず、砂上の楼閣のようにあっさりと崩れ落ちた。絶対に必要なものは、この部室には一つもない。戻ったかと思ったら古泉も朝比奈さんも、昨日や一昨日の記憶を持ってやがらない。 「まだだ」 しかし、古泉や朝比奈さんの記憶が正しくなかったとしても俺にはまだできることがある。後悔している暇などない。俺は床に手をついて立ち上がると、団長机にあるデスクトップパソコンに向かった。SOS団サイトに誰かのメッセージが残っていてくれればそれだけで心強い。古泉や朝比奈さんに証拠としてそれを示すこともできる。 パソコンが起動するまでのわずかな時間に、俺は二人に訊いた。 「古泉、お前は何者だ。ただの人間じゃないだろ。『機関』という言葉に聞き覚えはないか?」 俺の質問に古泉はまったく動じず、将棋の駒を二、三手動かしてから振り返った。 「さあ、何を言ってるんでしょうかね。僕はただの人間です。機関という言葉なら知っていますが、それがどんな意味を持つのかは知りません」 そう言った。俺は舌打ちして制服姿でパイプ椅子に腰掛けている上級生に向き直り、 「朝比奈さん、あなたは何者ですか。未来人ですか?」 朝比奈さんも全然動揺する様子を見せなかった。編み物の手を止めないまま、 「未来? 何のことでしょう。あたしはあたしですよ?」 「TPDDは? 時間平面とか禁則事項とか知らないんですか?」 「知りませんけど」 「STC理論はどうだ。全部あなたが教えてくれたことなんですよ」 「……キョンくん、どうしたの?」 朝比奈さんにまで頭を疑われた。ハルヒが消えたときに味わった恐怖が、全身を撫でるように走り抜けていく。 これは何だ。世界改変か? 俺を残して世界が変わったなんてのは金輪際ごめんだぜ。ハルヒも長門も朝比奈さんも古泉も、味方がいなくなって一人になったときどんなに大変かを、俺は知っている。 「おい古泉、長門は何者だ。あいつは宇宙人じゃないのか? 俺を朝倉から守ってくれたり、幽霊モドキを退治したりしてくれただろ。違うか?」 しかし古泉は面倒くさそうに首を横に振った。 「何を言っているのか解りませんね」 「じゃあ説明してやる。お前や長門がどんな人間だったのかを、すべてだ。古泉、お前はこういう話が好きなんだろ? ファンタジックで興味深い話だと思うぜ。どうだ、聞く気はないか?」 いくら記憶がないと言っても古泉のことだ、てっきり乗ってくるものと思ったが、 「けっこうです。そういうことなら勝手に一人語りでもしててください。僕は将棋をしていますので」 何ということだ。俺は驚いた。性格まで変わってるのか。古泉は微笑オフの状態で、ほおづえをついてつまらなさそうに将棋盤と対峙している。 やっぱりこいつは古泉ではない。昨日、ここで俺と一緒にいた正常な古泉は、消えちまったのだ。 おそらく、周防九曜によって。 消されちまったのか? いや、じゃあ目の前のこいつらは……。 パソコンが立ち上がった。 目的のページはすぐに見つかった。マウスをロゴマークに重ねると、やはりどこかのページにリンクされていた。クリックしてパスワードに『涼宮ハルヒ』と入力し、そこに昨日のままの文章があることを確認する。ひょっとしたらメッセージが変わってやしないか、と思ったがダメだったか。 俺は古泉と朝比奈さんをパソコンの前に呼んで、 「古泉、それに朝比奈さん、この文章に見覚えはありませんか? あるいは、長門がこんなページを作っていたのを見たとか」 「さあ、僕は知りませんね」 「あたしもです」 それだけを業務連絡でもしているかのような淡々とした口調で答えて、俺が他に何か聞くことはないかと考えているうちに二人ともパソコンの前から去ってしまった。 おかしい。二人ともまるで性格が変わっちまってる。感情が薄くなってるというか冷たいというか。確かにこいつらは本当の朝比奈さんや古泉ではない。性格が違うのは当然だ。こいつらは朝比奈さんや古泉ではないのだから……。 そこまで考えて、俺は何か引っかかりを感じた。 待てよ。じゃあこいつらはいったい何なんだ。 世界改変か。別の世界の古泉や朝比奈さんか。 ありえん。こいつらは性格まで変わっちまってるのだ。世界改変で長門の性格が変わったのを一度だけ見たことがあるが、それはその必要があったからで、こいつらの性格を変えたところで何の利益も生まれん。性格を変える必要などない。 じゃあ、こいつらは何者なんだ。俺の目の前で一人将棋を、編み物をしているこの二人はいったい誰なんだ。 朝比奈さんではない朝比奈さん。古泉ではない古泉。 俺の記憶の奥底で何かが騒ぎ立てている。以前、俺はこんな経験をしたことがある。 そうだ。朝比奈さんではない朝比奈さんと、俺は会った。 年末の雪山の夢幻の館で、算式の解読のために長門が俺たちに見せた幻影。 あの朝比奈さんには、左胸のホクロがなかった――。 「朝比奈さん、左胸を見せてくれませんか?」 俺がとっさに言うのと同時に、背後で部室の扉が開く気配がした。長門かハルヒか、まあどちらでもいい。 朝比奈さんはふふんと妖しく笑うと、ためらいもなしにセーラー服を脱ぎだした。その横では、古泉が何事もないかのように将棋を指している。やはりこれは朝比奈さんではないし古泉でもないのだ。こんなことはありえん。 朝比奈さんがセーラー服を脱ぎ終わり、ブラジャーの状態で豊かな胸を俺に見せつけてくる。失神モノではあるが、今は失神している場合ではない。抱きつきたい欲望を抑えて、胸を凝視する。 その左胸にはホクロが――。 なかった。 俺は言葉を失い、顔を引きつらせて後ずさりした。朝比奈さんが、そして古泉がこちらを見て不気味に笑っている。 こんなところにいてはいかん。 本能だ。朝比奈さんの胸を間近でもう少し眺めていたいなどという願望はカケラもなかった。早く逃げ出したほうがいい。この二人にどんな魔法が使えるのか知らんが、一般人の俺が太刀打ちできるようには思えない。 振り返って扉に手をかけようとしたところで、何かにぶつかった。部室に入ってきたハルヒか長門にぶつかったのだろうと思ったが、違った。俺はそいつの顔を見て驚愕し、戦慄が体を駆け抜けたのを感じた。気持ち悪い汗が滲んだ。 「お前――」 絶対零度の雰囲気をまとっているそいつは、衝突した俺に目もくれずに無言でたたずんでいた。 光陽園学院であるはずの制服が、北高のセーラー服に変わっている。 「やあ、長門さん」 古泉がそいつに声をかけた。長門だと? こいつが? 俺の思考は混乱しながらも、ようやく一つの答えをはじき出した。 犯人がようやくはっきりしたのだ。 「そうか……。やっぱりてめえが……」 「――わたしは――――観測する。力を――――わたしが」 観測する、じゃねえ。しらばっくれんな。長門を、朝比奈さんを、古泉をどこにやったんだ。代わりとばかりにこんなバケモノみたいな朝比奈さんと古泉を作りやがって。そして自分は長門になったつもりか。いい加減にしろ。 俺が罵詈雑言を並べ立てるのも無視して、そいつはひたすら突っ立っている。モップみたいな髪の毛で、大理石のような双眸で。 周防九曜が、ここにいた。 俺は弾かれたように部室を飛び出した。後ろを振り返らずに走り出す。 俺のたいしてアテにならない直感が、あいつと一緒にいるのは危険だとしきりに叫んでいたからである。あの幽霊以下の存在感を誇る九曜の後ろで、偽朝比奈さんと偽古泉が俺を見て嘲笑うような表情をしていたのも正直怖かった。相手は地球上の礼儀と一般常識が一切通用しない連中だ。あの朝比奈さんと古泉が何者なのかはっきりとは解らないが、九曜の手下的存在であることは間違いない。だとしたら、雪山で長門が見せた幻の朝比奈さんよりも遥かにタチが悪いだろう。 部室はひたすら遠ざかる。俺が人並みの速度で逃走したところで九曜が相手では逃げようもなさそうだが、俺の目がとらえる限りでは部室の扉が開いて中から誰かが出てくるようなことはなかった。 一安心か。 「おわっ」 後ろを振り返りつつ走っていたら、前方不注意でまた人にぶつかった。悪いな、と手を合わせて立ち去ろうとしたが、俺はその顔を見て立ち止まらざるを得なかった。 九曜が先回りしていたのでも、ハルヒが俺の腕をつかんでいたのでもない。まったく予想外な人物だった。北高のセーラー服をまとった女子。俺は牽制すべきかと一瞬思って距離を取ろうとしたが、今さら牽制してどうにかなるものではないと思い直して足を引っ込めた。 なぜお前が北高のセーラー服を着てるんだなど訊くべきことは山ほどあったが、意外なことに俺の口をついて出たのは疑問ではなかった。 「遅え」 絞り出すような声が出た。憎悪が破裂した水道管のごとく、止めどなく溢れ出した。 「遅えんだよっ!」 ドラマなんかでよくある、襟首を掴む力なんてのは俺には残っていなかった。そいつの肩に手を置いて俺は俯いた。その肩を突き放せば、そいつは窓ガラスに体当たりすることになったのだが、俺はしなかった。 ヤツは何も言わなかった。まるで俺に怒れと命令でもしているかのように、である。皮肉なもんで、俺は相手に言い訳する気がないのを知ると憎悪や怒りの類が醒めちまったのを感じた。 しばらくして俺は顔を上げた。 「橘京子。お前は何か知ってるんだろ。だからここに来たんだ」 その女――北高セーラー服仕様の橘京子はうっすらと微笑んだ。古泉のような超能力者と一緒にこいつまで消えてなかったのはなぜか。まあそんなもんはさしたる問題ではないが。 橘京子は廊下の壁にもたれかかったまま、 「ええ。空間座標と侵入コードをようやく解析できました。コードが複雑になっていたのでずいぶんと時間がかかってしまいましたけど。今日はあなたにそれを伝えるために来たんです」 だから、それってのは何のことだ。てめえは人をじらすのが趣味なのか。 「まさか」 橘京子は苦笑し、 「けど行けば解ると思うわ。そこにはあたしよりもずっと説明上手な人たちがいますからね。詳しい説明ならその人たちから聞いてください。あたしはそこまでの案内役です」 「馬鹿。遅えんだ。早く来やがれ」 橘京子は黙って頭を下げた。その頭頂をかかと落としで叩き割ってやりたかったが俺はやらなかった。とっとと案内して欲しかった。 橘京子が俺をどこかに案内するらしい。こいつが案内役になるというと、あそこしか思い浮かばないのは俺の頭が変なのか。そんなことはないだろう。超能力者、とりわけ橘京子の専門はあそこしかないのだから。 俺は充分に息を吸って、 「佐々木の閉鎖空間にでも連れていくつもりか?」 春の喫茶店で連れて行かれたクリーム色の空間を思い出す。ハルヒの閉鎖空間に比べれば平和的だったが、行こうと誘われて行きたい場所ではないね。 橘京子は胸のうちを読まれてしまったような表情をして、 「ええ。そんな感じの場所です。勘が鋭いんですね。ただし制作者は佐々木さんではなくて、別の人ですよ。だけど、なぜかあたしの持つ能力で入れるように作られていたの」 まさかハルヒと佐々木以外で意図的にあんな空間を作りたがる奴がいるとは思ってもみなかったが、今の焦点はそこではない。わざわざ橘京子が入れるようにしたのもとりあえず無視だ。 「それはどこにあるんだ。俺を連れてく気なんだろ? 前置きはいいから、とっとと案内してくれ」 「案内するまでもないんですけどね」 橘京子は俺が走ってきた廊下の向こうを指さし、 「その空間が発生しているのは部室です。もちろん、あなたがたSOS団の部室ね」 俺はハッとして息をのんだ。 『橘京子を連れてこの場所へ。わたしはここにいる……』 そういうことだったのか――。 部室に発生した異空間。橘京子が侵入できるのに佐々木が作った閉鎖空間ではなくて、創造主は別の人間らしい。そしてこの長門のメッセージ。わたしはここにいる。ここというのはピンポイントで部室のことなのだ。 間違いない。その空間には長門がいる。 「じゃあ行きましょうか。あなたもあちらの人も、早く会いたいでしょうからね」 「待てや」 橘京子が何でしょうと振り返る前に、俺はヤツの頭をはたいた。ヤツが驚きの色を隠せずにこちらを見ると、俺は言ってやった。 「お前が遅いせいで消されちまった二人と、それから俺の心配料をまとめて一発でいいにしてやる。ありがたく思うといいぜ」 とか言いながらも、俺は本当は顔を三発ぐらいぶん殴ってやりたかった。これでも、レディーに気を遣ってやったんだよ。 橘京子はまた黙って頭を下げると、俺が走ってきた廊下を引き返し始めた。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/4386.html
「ただの人間でも構いません!この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者に興味のある人がいたらあたしのところに来なさい!以上!」 これはハルヒの新学期の自己紹介の台詞だ それを俺が聞くことができたのはハルヒと同じクラスになれたからに他ならない ハルヒが泣いてまで危惧していたクラス替えだったが俺は相変わらずハルヒの席の前でハルヒにシャーペンでつつかれたり、その太陽のような笑顔を眺めたりしている どうやら理系と文系は丁度いい数字で分かれるようなことはなく、クラス替えであぶれた奴らがこの2年5組に半々ぐらいで所属していた 教室移動で離れることもあるが、大半の時間をハルヒと過ごすことができる これもハルヒの力によるところなのか定かではないが、この状況が幸せなのでそんなことはどちらでもよかった 「キョン!部室にいくわよ!」 放課後俺はハルヒと手を繋いで部室に向かう やれやれ、こんな幸せでいいのかね 「いやはや、やっと肩の荷が降りましたよ、これで涼宮さんの精神も安定するでしょう」 放課後の文芸部室で囲碁の真っ最中、見事なウッテガエシを決めた俺に対し、にやけ面が盤面の状況など興味ないと言いたげに口を開く 認めたくはないが、今回の出来事の発端としての発言をしたのはこいつだ 図らずともこいつの言ったようにことが動いていて癪に触る ちなみにハルヒは長門、朝比奈さんを連れて新入生に勧誘のビラ配りをしている 長門と朝比奈さんはそれぞれ、去年の文化祭で着たウェイトレスと魔法使いの格好でだ また問題にならなければいいが 「末長くお幸せに」 古泉の含み笑い3割、いつもの微笑1割、谷口が今朝俺に対して見せたニヤニヤが6割のムカツク面にどんな嫌味や皮肉を言ってやろうかと考えているといつかのデジャヴのようにドアが勢い良く開いた 「いやぁー!ビラ全部はけたわよ!やっぱりSOS団の一年間の活動は無駄じゃなかったわね!!」 相乗効果で100万Wにも1億Wにもなりそうな笑顔でハルヒが部室に戻ってきた 無駄じゃなかった…か、そうだな、俺もそう思うよ…もちろんいろんな意味でな 「ハルヒ」 俺の呼び掛けにその笑顔のまま俺の方を向く この笑顔がずっと俺のものだなんてまだ実感がわかないな 「これからもよろしくな」 その俺の一言に笑顔に少し赤みがかる そして最高にうれしそうな笑顔で 「当ったり前じゃないの!あたしを幸せにしなかったら死刑なんだからね!!」 びしっと差した指は真っすぐ俺に向けられている いつか俺とハルヒが結婚した時にでも俺はジョン・スミスの正体とSOS団の連中の肩書きでも話してやろうかな、と思った FIN
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/2669.html
「キョンくーん、ハルにゃんが来てるよー」 日曜日の朝っぱらから妹に叩き起こされる。いい天気みたいだな。 いてっ、痛い痛い、わかった。起きるから。いてっ、起きるって。 慌てて準備をして下に降りると、ハルヒはリビングでくつろいでいた。 「あんた、何で寝てんのよ」 「用事がなかったら日曜日なんだから、そりゃ普通寝てるだろ」 「普通は起きてるわ。こんないい天気なのに。あんたが変なのよ」 たとえ俺が変だったとしても、こいつだけには絶対変とか言われたくねぇ。 「で、今日はどうしたんだ。お前が来るなんて聞いてないぞ」 「んー、今日はなんかキョンが用事あるらしくって、暇だから遊びに来たのよ」 今のを聞いて何をわけのわからないことを、と思った人間は間違いなく正常だ。なら俺は何だ?変人か? そうだな、わかりやすく説明すると、この涼宮ハルヒは異世界からやってきた涼宮ハルヒなのだ。 『涼宮ハルヒの交流』 ―エピローグ― もうあれから数ヶ月が過ぎ、俺たちは基本的には落ち着いた日々を過ごしていた。 あの日、異世界から『俺』とこの涼宮ハルヒが、初めてやってきた日、病室はとんでもない混沌状態だった。 俺たちの方のハルヒが病室に帰ってきて、この二人の存在がばれそうになった瞬間、俺は諦めて目を瞑った。 その後、ハルヒの声に目を開けると、二人の姿は消えていて、ハルヒは何も見ていないようだった。 一瞬、今までのことは全部夢なんじゃないかとも思ったが、周りの連中の顔色からそうでないことは明らかだった。 後で古泉に確認したところ、二人はドアが開いた瞬間にふっ、と消えていったそうだ。 そういうわけで、なんとかその日は乗り切ったのだが、なぜかこいつは度々こっちに遊びに来るようになった。 ハルヒにだけは絶対にばれないようにと頼みこんだのだが、こいつはわかっているのかいないのか。 ちなみにこっちのハルヒとこのハルヒの違いは、顔を見ればなんとなくわかるようになった。 俺の部屋にハルヒを連れて行き、尋ねる。 「で、どうしてお前はちょこちょここっちの世界に来るんだ?向こうで遊べよ」 「せっかく来れるんだからその方がおもしろいでしょ、なんとなく」 別にどっちもたいして変わりゃしないだろ。 「それとな、お前らわざわざこっちの世界にデートするために来るのはやめてくれ。 こないだ鶴屋さんに見られてたらしく、やたらとにょろにょろ言われて大変だったんだぜ」 ハルヒはしたり顔になる。 「こっちの世界ならなにやってもあんたたちのせいにできるし、人目を気にしなくてすむのよ。 あ、犯罪行為とかは今のところするつもりないから安心していいわよ」 くそっ、お前らが町でめちゃくちゃするせいで俺らが学校でバカップル扱いされてるっていうのに。 何度かその様子が谷口と国木田にまで目撃されて、かなり冷やかされちまったんだぜ? いや、まぁこっちの俺たちの学校の様子に原因がないとも言えないが。 「で、あんた今日は暇なのよね?ホントに?」 だからさっき用事はないって、……あ! 「やべっ、忘れてた。もう少ししたらハルヒが来る」 「あんた何やってんのよ。あたしが来てなかったらまだあんた寝てるわよ。せいぜいあたしに感謝しなさい」 言ってることが当たっているだけに何も反論できん。 「それにしてもどうしようかな。有希のところにでも行こうかしら。それともみくるちゃんで遊ぼうかな」 みくるちゃんで、ってなんだよ、で、って。 「帰ればいいだろ。向こうのSOS団で遊べよ」 「そんなこと言ったって、こっちの有希とじゃないとできない話とかもあるのよ。 あたしのところの有希とは、お互いまだ秘密が守られてるっていう暗黙の了解があるし。 それをわざわざ自分から崩すなんて無粋なことしたくないし」 いや、お前から粋なんて感じたことはないから安心しろ。 「どっちにしろ早く行かないとまずいんじゃないのか?お前は長門の家までワープで行くのか?」 「そんなことできるわけないでしょ。もちろん徒歩よ」 「だったら早くしないと、もうハルヒが来るぞ」 「そうね、じゃあ有希のところに行くわ。またね」 「ああ、それじゃ……ってやっぱ待て。時間がまずい。行くな。最悪玄関でハルヒと鉢合わせになる」 「じゃあどうすんのよ。……あ!三人で遊ぶってのはどう?楽しそうじゃない?」 「却下だ却下。考える間でもない」 全然楽しそうじゃない。間違いなく俺の負担が数倍になってしまう。 「……とりあえず帰ってくれないか」 「嫌よ。それ結構疲れるのよ。って言ったでしょ」 だから疲れるんならいちいちこっちに来るなよ。 「……わかった。なんとかしてみる」 仕方なく携帯電話に手を伸ばす。 なかなかでないな……。コール音が8回程度のところでやっと声が聞こえる。 『……もしもし、どうかしましたか?』 「都合悪いのか?ならやめとくが」 『結構ですよ。それよりご用件は?』 「ああ、すまんな。今ハルヒがどのあたりにいるかわかるか?」 『先ほど家を出たようですから、……あなたの家まであと3分といったところでしょうか?』 3分?ってもうすぐそこじゃねぇか。 「今向こうのハルヒが俺のところに来ていて困ってるんだ。なんとか長門の家まで運べないか? なんか帰りたくないってわがまま言ってて困ってんだ」 『……それは困りましたね。5分もあればそちらにタクシーを寄越せますけど』「くそっ、無理だ。他に何か――」 ピンポーン。 ああ、間に合わなかった。何が3分だよ。1分もなかったじゃねぇかよ。 「……どうやらもうハルヒが来ちまったようだ。お前3分って言わなかったか?まぁいい。これからどうす――」 『ご武運を』 プツッ。 ってまじかよ。あいつ切りやがった。信じられねぇ。 下で妹が何か言ってるのが微かに聞こえる。 「とりあえずどこかに隠れるか、帰るかどちらかにしてくれ」 「そうね。おもしろそうだからちょっと隠れてみるわ」 おもしろそうとかで行動するのはまじで勘弁してくれ。 「キョンくーん。なんかまたハルにゃん来たみたいだよー。なんでー?」 いや、妹よ。お前は知らなくていいんだ。 「とりあえず待っててもらうように言っててくれ。準備ができたら行くから」 くそっ、どうすりゃいいんだ? 長門に頼むか?しかし、長門はハルヒには力が使えないって言ってたな。 ピンポーン。 「はーい」 誰か来たのか?また妹が相手をしているようだが。 しばらくすると再び妹が部屋に来た。 「みくるちゃんが来たよー。それでね、『10分間涼宮さんを連れだします』って伝えてって言ってたよー」 どういうことだ?でも朝比奈さんナイスだ。助かりました。 このチャンスに、再び携帯電話を手にとる。……今回も長いな。何かやってんのか? 『……もしもし、どうにかなりそうですか?』 なりそうですか?じゃねぇよこのヤロー。 「説明は面倒だ。時間がない。とりあえず家にタクシーを頼む。5分あればなんとかなるんだろ?頼む」 『わかりました。すぐに新川さんを向かわせます』 「サンキュー、よろしくな」 電話を置いてハルヒに話しかける。 「とりあえずなんとかなったぞ。5分で古泉からタクシーが来る」 「あたしもう来たんじゃないの?どうして助かったの?」 「事情はよくわからんが朝比奈さんに助けられたようだ。どうしてわかったんだろうな」 「みくるちゃん?……なるほどね。たぶんあんた後でみくるちゃんに連絡することになるわ」 なんだって?どういう意味だ? 「そのうちわかるわ」 そう言ってニンマリ笑う。 「まぁわかるんならいいさ。それより長門の家に行くんだよな?なら連絡するが?」 「あ、そうね。やっぱいきなり押し掛けるのは人としてどうかと思うしね」 お前は何を言ってるんだ?お前は今何をやってるかわかってないのか?それとも俺ならいいってのか? 「……じゃあ連絡するぞ」 長門の携帯に電話をかける。 『何?』 って早っ!コール音なしかよ。 「あ、いや、今俺のところに異世界のハルヒがいきなり遊びに来たんだが、俺はハルヒと約束があるんだ。 で、この異世界ハルヒがお前と遊びたいみたいなこと言ってるんだが、どうだ?」 『いい』 「迷惑ならそう言えばいいんだぞ。お前もせっかくの休日だろ?いいのか?」 『問題ない』 「……わかった。ありがとよ。じゃあもう少ししたらここを出ると思う。よろしくな」 『だいじょうぶ。……私も楽しみ』 「そっか、ならいい。じゃあまたな」 『また』 ふうっ、と、電話を置いて一息つく。 「だいじょうぶみたいだ。長門も楽しみだってさ」 「そう、それは良かったわ」 「それにしても、お前長門に変なこととか教えるなよ」 「変なことって何よ。あたしは人間として当然のことを有希に教えてあげてるだけよ」 俺はお前に人間として当然のことを教えたい。 ピンポーン。 三たびチャイムが鳴らされる。 今度は妹がすぐにやってくる。 「キョンくんタクシー来たよー。ってあれー、どうしてハルにゃんがいるのー?」 頼むから気にしないでくれ、妹よ。 タクシーで長門の家に向かうハルヒを見送った後玄関先で待っていると、すぐにハルヒと朝比奈さんが現れた。 「あんた、こんなとこで何やってんの?」 「何って、お前を待ってたに決まってるだろ?」 「そ、そう。わざわざ出てこなくても中にいればいいのに」 ちょっと照れてるみたいだ。 「それじゃあ、私は帰りますねぇ」 「あ、朝比奈さん。わざわざありがとうございます」 すると、朝比奈さんは近づいてきて、俺の耳元でささやく。 「私は実は少し未来から来ました。後で私に伝えておいてください」 あっ!なるほど。さっきハルヒが言ってたのはそういうことか。 「今日の午前10時にキョンくんの家に行って、涼宮さんを10分ほど連れだすように伝えてくださいね」 「わかりました。後でやっておきます。今日はありがとうございます。助かりました」 「お願いね」 そういって極上の笑顔を浮かべると、少し手を振り、朝比奈さんは去って行こうとして再び戻ってきた。 「あの……今日はちょっと都合が悪いの。できたら連絡は明日以降にしてもらってもいいですかぁ?」 「はあ、構いませんけど。用事でもあるんですか?」 「えぇっと、この時間の私は今は古いず……あっ!な、なんでもないですぅっ。禁則事項ですっ。それじゃあ」 そう言うと、朝比奈さんは大慌てで走って行った。 何だって?古いず……?古いず、古いず。まさかその後には『み』が来るんじゃないでしょうね? そんなばかな。いくらみくるだからってそこに『み』は来ませんよね? 「あんた、何やってんの?みくるちゃんなんだって?」 「あ、ああ。いや、ちょっと頼まれごとをしただけだ。気にするな」 「……まぁいいわ。中に入りましょ。お茶でも煎れてあげるわ」 「ああ、そうだな。サンキュ」 こんな感じで、ドタバタしながらも異世界との交流はまだ続いている。 『涼宮ハルヒの交流』 ―完― エピローグおまけへ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/6131.html
「涼宮ハルヒのビックリ」(ネタバレ注意?) 「涼宮ハルヒ。」の続編を予想して書いてみました。処女作品なのに長編SSで、しかも稚拙な文章のためあらかじめご了承願いたいです。 第四章 涼宮ハルヒのビックリ」第四章α‐7 β‐7 「涼宮ハルヒのビックリ」第四章α‐8 β‐8 第五章 「涼宮ハルヒのビックリ」第五章α‐9 β‐9 「涼宮ハルヒのビックリ」第五章α‐10 β‐10 「涼宮ハルヒのビックリ」第五章α‐11 β‐11 第六章 「涼宮ハルヒのビックリ」第六章 エピローグ 「涼宮ハルヒのビックリ」エピローグ あとがき また下記のサイトにて個人的見解も述べています。よろしかったらどうぞ。 ttp //www31.atwiki.jp/kyogaku/
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/1594.html
こんにちは、涼宮ハルヒです! ……って言うよりは、涼宮ハルヒの中にある、4年前になくなった、現実的で、乙女チックな心があたしなの。 あたしはご主人様が幸せになったら消えちゃうんだけど、それがあたしの喜びだからいいわ。 だからね、あたしの役目は一つ! いつも素直になれないご主人様の背中を押してあげること! いっつも、いっつもご主人様の心はキョンくんでいっぱいなんだけどね、それが態度に出ないみたいなの。 むしろ、気が無いみたいな態度を取っちゃってる。 それをあたしが応援して、ご主人様を幸せにしてあげるの! ……あ、言ってるそばからキョンくんが登校してきたみたい。 「よう、ハルヒ。今日はなんだか機嫌が良さそうだな。顔がニヤついてるぞ」 ふふふ、いつもと違うご主人様を演出することで、キョンくんに興味をひかせちゃった。 あたしは《涼宮ハルヒ》の一部だから、体や表情や言葉も思い通りなの。 ま、ご主人様はあたしに気付かないけど。 「う、うるさい! ニヤけてなんかないわよ!」 あちゃ~、ここから世間話にでも発展すると思ったのに……。 ご主人様は意地っ張りだなぁ、もう。 「む……そんなに厳しくするなよ。ちょっと話をしようかなって思っただけだ。嫌なら黙っとく」 ありゃ、キョンくん拗ねちゃったよ。……ご主人様、ガッカリしてる場合じゃないよ、キョンくんと話すチャンスだよ。頑張って! 「あ、え……キョ、キョン! あたしは暇だから相手してあげるわ! 光栄に思いなさいっ!」 よく頑張った! ご主人様、偉い! 「じゃあ、いろいろ話すか。今日、妹がな……」 よかった……キョンくんと喋れてご主人様、とっても幸せそうだ。心臓の鼓動も早いしね。 しばらくはご主人様一人でもだいじょぶそうだね。じゃあ、あたしはしばらく休憩しよっと……。 「じゃーな、ハルヒ」 「あ、うん……」 どうしたのかな、ご主人様の元気がないような気がする。 何か悩みごとかなぁ……。ご主人様がいつもの日記を付ける時に調べちゃおう。 「はぁ……どうしよ。嫌だなぁ……」 ご主人様、どうしたのかな? 「このあたしが本気で好きになっちゃうなんて思わなかったわ……はぁ」 ありゃ、やっと気付いたんだなぁ。キョンくんが好きだってことに。 ほんとはずっと前から惹かれてたくせに、ご主人様は認めないんだもん。 「うじうじするのはあたしらしくないし……告白しちゃおっかなぁ……」 そうだよ、ご主人様! 頑張って! 「でも、面と向かってキョンにフラれちゃったら悔しいし……話せなくなりそうだし……はぁ」 ご主人様は『キョン』と名前をつけたぬいぐるみを持ち上げた。 「ねぇ、『キョン』。どうしたらいいか教えなさいよ」 ダメだよ。ぬいぐるみに聞いても答えてくれるわけないから! ……もう、しょうがないなぁ。ご主人様の思考に少しだけ働きかけて背中を押してあげようっと。 「……あ、そうよ! 面と向かって言えないなら手紙があるじゃない! 我ながらナイスアイデアね!」 あたしのアイデアだけどね。……まぁ、あたしも《涼宮ハルヒ》だけどさ。 ご主人様の筆は止まることなく進んでいた。 言いたいことはたくさんあったんだ、あたしが手伝う必要無いよね。……え? そこまで、5分程動き続けた手は止まり、ご主人様は机に突っ伏してしまった。 「あたし、キョンに『普通は大事なことは面と向かって伝えろ』って言ってたわよね……、だいぶ昔に」 そういえば、そんなこともあったなぁ……。 「でも、やっぱり恥ずかしいし……」 もう…あとちょっとだから頑張ってよ! 『好きです』って書けばいいじゃない! 「……すぅ……すぅ」 うわぁ……寝ちゃってるよ。まったく、ご主人様ったら……。 あたしが全部書いちゃおうかな。いいよね、ご主人様の気持ちは全部わかっちゃってるし。 体、寝てる間に借りちゃいま~す。じゃあ、始め! 《キョンへ あたしね、実はあんたが……中略……だからね、あたしと付き合いなさいっ!》 よし、出来た! ご主人様の気持ちを詰め込んだ、《涼宮ハルヒ》らしい文になってるはず! あ~あ、あたしも疲れちゃったなぁ。ちょっと眠って、ご主人様と同じ時間に起きて反応見ようっと。 うん……と、朝かぁ。体が起きてるし、ご主人様の方が早かったんだなぁ。 「あれ? あたしちゃんと書いてから寝たのかしら……。まぁいいわ、けっこう良い文に仕上がってるし」 よかったよかった。ご主人様も満足してるし、あとは結果が楽しみだなぁ。 学校に一番に行って、キョンくんの引き出しの中に手紙を押し込んだご主人様は、とっても不安そうだった。 こういう時があたしの出番だよね。 ――大丈夫、必ず成功するから―― と、心の中に直接話しかけてあげた。 「……うん、大丈夫。キョンなら優しく対応してくれるわ」 ほら、落ち着いた。……あれ、キョンくん? 今日は早いなぁ……。 「よう、ハルヒ。珍しく朝早くに起きちまってな」 「あ、あら、そうなの。あたしも早く起きちゃったのよ、奇遇ね」 うわ、すっごいドキドキしてるみたい。音が今までにないくらいに大きいよ。 キョンくんが椅子に座って、引き出しに手を入れた。手紙に気付いた……って、えぇっ! ご主人様、逃げちゃダメだよおぉぉぉ! ……あ~あ、屋上まで来ちゃった。意気地なしなんだから。 「はぁ……教室、戻り辛いな。サボっちゃおうかな」 ダメだよ、ちゃんと返事聞かなくちゃ! 「でも、結局キョンとは会っちゃうのよね……戻ろう」 すると、いきなり屋上のドアが音を立てて開いた。 「ハルヒ! 探したぞ!」 「キョ……キョン!?」 追っかけて来てくれたんだ。たぶん、手紙も読んでくれたんだよね。 「お前の気持ち、すごくうれしかったんだけどな。……なんで逃げたんだよ」 「それは……こ、怖かったのよ。フラれたり、あんたと今まで通り出来なくなるのが……」 が、頑張れとしか言えない! ご主人様、もう一回『好き』って言いなさい! 「でも……好き!」 「俺も、ハルヒのこと好きだぞ。自分でも気付かないくらい前からな」 よかったぁ……これでご主人様は幸せだね。 ……あたしも消えよう。 これからはキョンくんがご主人様に乙女チックな心や、現実的な心を教えてくれるだろうし。 「キス……していいか?」 「……うん」 ありゃりゃ、キスシーンはあたしには刺激が強いから退散しちゃお。バイバイ、ご主人様! 「ありがと、あたしの中のあたし」 ご主人様は胸に手を当ててそう言った。気付かれてた? そんなわけ無いよね。 あたしは足から消えはじめた。ご主人様の中に完全に溶け込むから。 ギリギリ、キスする所が見えちゃうなぁ。 ……お幸せに。 おわり